第11話

 周囲にはオレと同じように制服を着た人間がちらほら見える。顔見知りではないが同じ学校の生徒も通っていた。この場を見られたら少し気まずいなと、珍しく恥ずかしさを覚えた。

 今日学校で明にからかわれたことを思い出す。

『翼、随分ご機嫌だね。趣味を見つけたのかい?それとも恋人?』

 普通にしていたつもりだがどうやら外から見ると浮ついているのが丸わかりだったらしい。反論はしたが何を言ってもニヤニヤと笑ってくるから、しばらく口を利かないことにした。子供っぽい対応であることは自覚していたがオレも我慢できない時くらいある。

 しばらく待っているとコツコツと小さな足音が近づいてきた。

「…あ、どうもこんにちは、です」

「こんにちは、唯」

 おどおどとした調子で挨拶した彼女に立ち上がって返事する。改めて見ると彼女の容姿は昔から大きく変わっていた。顔立ちこそそう変わっていないが輝いていたブロンドヘアは真っ黒に染まっている。目を覆う一歩手前まで伸びている髪と黒いフレームの眼鏡で表情が分かりづらい。

 八年の間に視力が落ちてしまったのだろうか。髪も黒くなったのか?

「ねえ、前から気になってたんだけど…」

「…はい?」

「その髪の色、とか眼鏡とかどうしたの?昔は金色だったし、眼鏡もつけてなかった」

 そう問うと彼女は猫のように目を丸くしてから破顔した。

「…えへへそうなんです!中学までは眼鏡もかけてなくて、髪も染めてなくて……ちゃんと知ってるんですね…」

「?」

 なぜそこで喜ぶのかと首を傾げると、唯は俯いて低くか細い声を出した。

「………母さんの嘘つき……」

 僅かに見えた表情には恨みと失望が滲んでいた。呆然とそれを眺めていると彼女は慌てて顔を上げた。

「…ごめんなさい。なんでもないんですただ」

 キュルルと可愛らしい音が鳴る。何事かと考えている間に彼女の顔はみるみる赤く染まっていった。

「…お腹空いてるの?」

「…お、お昼、あんまり食べられなくて…」

 心底恥ずかしそうにきゅっと口許を結んだ。オレが知っている音羽唯とはまるで違う仕草に心が揺らされる。

「じゃあご飯でも食べようか。駅から出ればなにかあるでしょ。立って話すのもなんだし」

「は、はい。そうしましょう」

 彼女がキラキラと表情を明るくして頷く。つい昔の癖で手を引こうとしかけたがなんとか自制した。そんなことが出来る間柄ではないことを忘れかけていた。

 駅を出て手近な店を探している間、後ろから付いてくる唯のことを考えていた。

 自分は彼女をどうしたいのだろうか?助けになりたいと自分に言い聞かせていたが本当は昔のように恋仲になりたいなんて下心を持っているんじゃないだろうか。

 だとするならば今すぐ彼女から離れるべきではないか。今の彼女は昔とは違う。オレじゃない人間をこれから好きになるかもしれないし、もうそういう相手がいるかもしれない。

「翼、さんっ。ちょっとっ歩くの速くてっ…待っ……て」

 ハッとして振り向くと彼女が息を切らしながらオレの制服の裾を掴んでいた。彼女の歩くペースをまるで考えていなかった。

「ごめん…全然気づいてなくて」

「……だい、じょう、ぶ、で、すっ」

 全然大丈夫そうじゃない。さっさと座れる場所を見つけようと視線を巡らせるとちょうどいい店が見つかった、が。流石にこれは…

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