第8話

 屋上で仰向けになって、空を見上げながらさっきの出来事を考えていた。

「記憶喪失…」

 八年もの間探し続けた幼馴染みはオレだけでなく八歳以前の記憶を全て失っていた。再会は叶い、失踪の疑問は解けた。それでも胸に穴の空いたようなこの痛みは収まらない。

 悲しいのだろうか。だとしたら何に悲しんでいるのだろう。彼女がオレのことを忘れてしまったことか。いや、それもあるが一番の理由じゃない。

「………辛そうだった」

 あんなにキラキラと輝いていた音羽唯が心細そうに震えて、悲しい表情をしているのを見るのが辛かった。

 普段どんな風に過ごしているのだろう。オレの前だけじゃなく家や学校でもあんな風に悲しい顔をしているのだろうか。

 それにしても彼女はオレともう一度会いたいと、遠慮がちにそう言った時は酷く驚かされた。もうオレには彼女と会う資格がないと諦めていたから。『幼馴染みなのだからまた会わせてくれ』なんて押しつけがましいこと言えるはずがない。

 考えている間にすっかり周りが暗くなっていた。どれくらいの間ここにいたのだろう。

「帰るか…」

 立ち上がって家の方に視線を向ける。何はどうあれ唯とまた顔を合わせられるのは嬉しい。なにか悩みを抱えているようだったし助けになれればいいのだが。

 少し弾んだ気持ちで走り出す。曇天ばかりの人生に、ようやく光明が差したような感覚がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る