五稿目 ボウシの仮面

騒がしかった秋も終わり、本格的に冬を感じ始める十二月。

本格的に寒くなっている。

そんな時期、俺ー上杉稀羅がいる場所はどこかと言うと……


「マジで来ちまったけど、大丈夫か俺……」


高層ビルの玄関口。指定された部屋番号とマンションを、交互にみつめる。

そう、ここは九十九が住む賃貸マンションである。


事の発端はつい30分前。いつものようにお昼を一緒に食べようと送ったが矢先、彼女から今日は欠席という文が送られてきたことから始まった。


寒暖差が激しいから、風邪を引いてもおかしくないと思う。

正直、彼女が風邪をひくのは意外だ。そういうの、強そうだと思っていたし。

そんな中、偶然廊下であった美術担の先生に、なぜか書類を届けるよう頼まれ、今に至るわけだが。


正直こんなイベント、マンガやゲームの中でしかないと思っていた。

頼まれてしまったものはしょうがない、と思いつつも、こんなに早く彼女の家に行くことになっている現実に戸惑っている。

一応お見舞い用に色々買い、彼女に今から向かうと連絡だけは入れてみたが……気まずい以外の何者でもねぇよなぁ……


モタモタしても始まらねぇ。とりあえずいくかと、腹を括ってチャイムを鳴らす。

しばらくすると、彼女は急ぎ足で迎えにきてくれて……


「……やば……本当にきたんだけど……」


開口一番に驚いたような声を、九十九がつぶやく。

風邪で休んでいると聞いていたのに、彼女の格好はごく普通で、髪や顔も整っている。

それでも若干顔が赤いところを見ると、まだ熱があるのだろうか。

外の冷気に触れたせいか、彼女は小さくくしゃみをしていて……


「おいおい、大丈夫かよ。熱は? ちゃんと寝たのか?」


「……あー、直近で測ったのは38度だったよーな……」


「全然じゃねぇか!! 風邪なんだから温かくしてなきゃだめだろ。なんでそんな薄着で……」


「だって……君がいきなりくる、なんていうから……あんなボサボサな髪や寝巻き姿、見せられるわけないでしょ……」


そう言いながら、ぷいっと顔をそらす。

俺のために、わざわざ無理をしたというのだろうか。

申し訳なく思いつつも、少し嬉しいと思ってしまう自分がいる。

とはいえその姿も、普通に見たかったような気がするが……


「おとなしく寝とけ、病人なんだから。プリン買ってきたから、冷蔵庫に入れとくな。中、開けて大丈夫か?」


「うん。稀羅っち、意外と彼氏力高いよね」


「意外とは余計な」


そういいながら、買ってきたデザートを冷蔵庫にいれる。

妙なことに、冷蔵庫の中は一人分くらいの食料しかなと思うくらい、少なかった。

彼女の性格故なのか、台所も綺麗であまり使った形跡が感じられない。

良くも悪くも、生活感がないというべきだろうか。


「なあ九十九。今日、ご両親とかは……」


「ああ、心配いらないよ。帰ってきても夜中だと思うから。……なさすぎてびっくりしたでしょ、中身」


「正直、な。忙しい、とかか?」


「僕、三人姉弟の真ん中でさ。姉と弟がやんちゃだったり、病弱だったりでそっちに心配が絶えなくてね。割と放任されることが多くて」


買ってきたおかゆをゆっくり食べながら九十九が、バツが悪そうにつぶやく。

どこか遠くを見ているようで、苦笑いを浮かべて見せた。


「ほら、僕って割と器用でしょ? 仕事が忙しいこともあって、帰ってこない日が多いんだ」


「……寂しく、ないのか?」


「もう慣れたよ。本当は一人暮らしも考えたんだけど、漫画家って売れるまで時間かかるから……貯金もしたくて」


現実的な話だ、と思ってしまう。

彼女が目指している漫画家は、割とシビアな世界なことは知っている。

自分の夢のために、ずっと一人で頑張っていたのだろうか。

寂しい思いを、隠してまでー……


「九十九、俺にまで嘘つくのもうやめにしね?」


「やだなぁ、稀羅っち。僕嘘なんて……」


「慣れたとか、大丈夫とか……それ、自分に言い聞かせてるだけだろ。前々から思ってたんだが、少しは俺を頼れよ。分かるよ、ずっと見てきたから」


かつて俺は、九十九は弱みなんてない完璧な人間だと思っていた。

でもそれは言えないだけで、隠してまで笑おうとする。

きっとそれは、親に心配かけないように、不安に思わせないようにしていたに違いない。

自分は大丈夫だから、強いから。

その笑顔と器用さに自然と、この人なら大丈夫だと安心してしまう。


けど、それは他者からの圧にすぎない。

隣でみてきて、やっとわかった。

彼女にとって笑顔は仮面だ。

自分の思いを必死に隠すための。

だから、俺はー


「さて、これで俺の用は終わっちまったわけだが。どーする? お前が望めば、少しはここにいてやるが」


「……意地悪なのか優しいのか、稀羅っちってよくわかんないよね……けど、そーだね……できれば、いてほしいな。寝るまで手、掴んでてくれる?」


偽りの笑顔を、少しでも本当の笑顔にしてやりたい。

俺にできることは、彼女を支えることだけだから。

観念したような笑みはどこかホッとした様子で、心なしか嬉しそうにみえて。


「仕方ねぇな、少しだけだぞ」


寝転がる彼女の隣に、ゆっくり腰掛ける。

掴んだ彼女の手は熱を帯びていたが、離さないようにと強く握りしめたー


(つづく!!)

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