三稿目 稀羅っちとレベル99のお付き合いをする。
冷たい風が、体を冷やすように吹きつける。
茶色かった葉も今は全部落ちてしまっていて、冬の訪れを微かに感じる。
行き慣れた通学路をバイクで駆け抜けていくさなか、見慣れた後ろ姿にゆっくりとスピードを落としていく。
「よ、九十九。おはよ」
「あれ、上杉じゃん。おはよ、ほんとにバイク通学なんだ」
「疑ってたのかよ。お前は今来たとこか?」
「そ、市電で片道25分くらいかな?」
いつもとなんも変わらない笑みが、俺に向く。
彼女と出会って半年経つか、経たないか。
文化祭を機に、俺と野神は彼女と彼氏という関係性へと変わった。
が、彼女の態度やそぶりには何の変哲もない。
あの後すぐに別れ、とりあえずまた明日〜で終わってしまった。
こうして彼女と出会えたのも、降りる駅と通る道が重なった結果、いわば偶然だ。
正直ここで声をかけてしまったとはいえ、俺的にはどうするのが正解なのかすら、何もわからなくて……
「えっと、じゃあ気を付けて……」
「えーおいてくの~? せっかくだから乗せてってよ~」
「いや、そこからそこじゃねぇか」
「いいじゃん、予備のヘルメットくらいおいてあるでしょ。のーせてっ」
無邪気に後ろに乗り込んでくる彼女は、良くも悪くも悪気がない。
誰かを乗せるなんて、めったにしたことが無い俺は正直気が気でないというのに。
しかも相手は付き合ったばかりの女性。意識するな、と言われる方が無理だというのに……
「仕方ないな、しっかりつかまれよ」
たった数分、一駅もないくらいの距離だったというのに、彼女が乗っていた時間は異様に長く感じてしまった。
そういえば、付き合うって何をしたらいいんだろう。
講義中も、講義が終わっても、ふと考えてしまう自分がいる。
異性と付き合ったことがない俺には、まるで未知の世界。
それはおそらく、彼女も同じはず。
なのに彼女は平然とした顔で、お昼でも一緒ににどうだと誘ってきた。しかも、買わないでと条件付きで。
相変わらず彼女の考えてることは分かりづらい、なんて思いながら中庭にやってくると……
「あ、こっちこっち〜お疲れ」
ベンチのとこに一人で待っていたのは、九十九だった。
早く早くと急かす彼女は、あえて隣の空いてるところをポンポン手で叩く。
これはもしかして、隣に座れ的なやつかぁ?
いやいや、落ち着け。ただ隣に座るだけ。
考えてみれば、昼だって一緒に食べたことあるじゃないか。
やってたことは、前とほぼ変わらないはず……
「本当に昼買わずに来たんだが、購買で買ってきてくれたのか? その割には来るの早いな」
「ふっふっふ〜稀羅っち、僕のこと甘くみすぎじゃない? そんなロマンがないこと、僕がすると思う?」
「はあ」
「付き合った記念ってことで、じゃぁん〜お弁当作ってきました〜」
その言葉に、思わずえっと声が漏れる。
なんとそれは、二段重ねの小さな弁当箱だった。
驚いている俺に構わず、彼女は中身をあけて早速とばかりに、
「はい、あーん」
と卵焼きを差し出してきて……
「いやいやいや! まてって! 状況を整理できてねぇんだが!」
「えー、卵焼き嫌い? じゃあこのタコさんウインナーを……」
「そうじゃなくて! まさかお前、これ手作りか?」
「そ、早起きして作ってきちゃった。こういうことできるのは、彼女の特権でしょ?」
そう言いながら彼女は、自分の弁当箱を広げる。
俺用に用意された弁当箱には、ウインナーに卵焼き、入ってるだけで嬉しいと感じてしまえるようなものばかりだった。
まさか、自分で作ってくるとは誰が予想しただろうか。
最初からこんなに恵まれてていいのだろうか、なんて思いつつも、自分でとって口に運ぶ。
案の定、味はものすごく美味しくって……
「んっま! なんだこれ、初めて食う味だわ」
「あ、本当? よかったぁ、口に合うかちょっと不安だったんだよ〜料理はしても、お弁当なんて滅多につくらないからね〜」
「お前ってやっぱ女子力高いよな。意外と」
「ちょっと〜それどういう意味〜? さっきはうまくいかなかったけど、そろそろ僕の手から食べてくれてもいい頃合いじゃない?」
彼女はそういいながら、またおかずを俺の口元に運ぼうとする。
若干戸惑いこそはあったが、仕方なく差し出されたおかずを食べる。
味はかわらずうまいのだが、それ以上にすごく恥ずかしくなってきて……
「……なんか、まともに味わかんねぇわ」
「えー初手の感想それー? やっぱ稀羅っちじゃ、全然参考にならないや」
「何の参考だよ?」
「マンガのネタだよ。手作り弁当イベントは、付き合うと序盤にあることが多くてさ。この漫画とか、結構今ハマってて……」
こ、こいつ、人のことをネタにする気満々かよ……
九十九はネタに関して貪欲だ。思いつかないストーリーのために、色々なところからネタを拾おうとする。
その割にはありきたりというか、捻りも何のないストーリーが多いのが難点だが。
漫画のことを話すと、別人のように流暢になるあたり、本当に好きなんだと実感する。
ていうかこいつが持ってる漫画……どっかでみたことあるような……
「それ、最近CMやってね? アニメ映画化する、とかで」
「そうそう! よく知ってるね。どっかで見に行こうと思っててさ〜稀羅っちもこういうの、好き?」
「まあ、面白そうだなーとは思ってだが……なんなら、一緒に行くか?」
軽く言った、つもりだった。
もちろん他意はない。あくまでも、友人と遊びに行く感覚で。
だが言った後、後悔した。
今の彼女との関係性は、友達なんかではなかったと。
「何? それってデートってこと? 稀羅っちってば、やるねぇ〜」
「い、いや、別にそんなつもりは……」
「いいね、映画館デート。いこーよ、二人っきりで」
九十九がしめたとでもいうように、意地悪そうに笑う。
その顔の可愛さに俺は、訂正することも取り消しすることすらできなかったー
(つづく!!)
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