二稿目 上杉、文化祭くるってよ。 Part2

その後も、九十九の彼氏のふりはつづいた。

といっても特に変わったことはしない。

ただ他人が入る隙間を与えないよう、隣にいるだけ。

それでも構わず彼女に話しかける人は、たくさんいる。

なぜなら相手は各サークルで名を知らない人はいない、あの九十九灯織なのだからー


「九十九先輩! これあたしたちが作ったんです! どうですか?」


「へぇ、そうなんだ~じゃあ一個ちょーだい」


「ちょっと抜け駆けしないでよ! 先輩、私たちのとこカフェやってるんです! 一緒にいきませんか!?」


「あはは、僕モテモテだなあ~」


出店や出し物は、サークルで行っていることが多い。

その時点でこうなるんじゃないかと、薄々分かってはいた。


あいつは誰に対しても笑う。

どんな状況で、何かをしていたとしても。

そんな彼女を、ずっと見てきた。

だから、何もせずにはいられなかった。

ここでじっと待っていては、彼女の隣にいる意味はないからー


「九十九。あっちに面白そーなのあるから、行こうぜ」


「えっ、稀羅っち?」


「ちょっと上杉邪魔~今あたしが話してんだけど!」


「悪いな、今は俺の連れだから」


彼女の同意さえ待たず、勝手にその場を後にする。

ぶーぶー言う女子の声が聞こえるも、俺は無視して歩き出す。

誰も追っていないことを確認しながら、誰もいない講義室のドアを閉めると、九十九がようやく口を開いた。


「……さっきの、君のクラスメイトだよね? あんなことすると誤解されるよ?」


「いいって。放っておくわけにはいかなかったしな」


「なんの話?」


「お前、困ってたじゃん」


彼女の目が丸くなる。

その反応に、やっぱりかと俺は話し出した。


「お前の笑顔、毎回嘘っぽいんだよ。無理して笑ってたって、自分がつらいだけだぞ」


「……そのために、無理やり連れてきてくれたの?」


俺自身、彼女の本当の笑顔は見たことがない。

彼女と一緒にいると、どこか嘘っぽくて本音を隠しているようで。

輝夜達といるとき、俺と二人でいるとき、そしてクラスメイトといるとき。

どの時でも、彼女の顔は違う。

だからこそ、俺は彼女が、自分らしくいれるようにしてあげたい。

ありのままの、九十九灯織であれるように。


「……君って、鈍感なくせにそういうところだけは鋭いよね」


「どういう意味だよ、それ」


「正直びっくりだよ。そこまで見抜かれるなんて。僕もまだまだってことかな」


すると彼女は、バッグから何かを取り出す。

よくみるとそれは、彼女の手で書かれた漫画でー


「あげる。付き合ってくれたお礼」


「え、いいのか? でもこれ、配ってたやつじゃないような……」


「ここだけの話、配布用の冊子には僕の載ってないんだ。黙ってて、ごめんね。どうしても君だけに読んでほしくて」


そういわれ、おもむろにその紙を開く。

そこに描かれていたのは主人公が、漫画を描く少女との恋愛模様のようだった。

描かれていたのは、以前見せてもらった俺似の主人公だった。


一つ違うのは、ヒロインでもある少女の顔は輝夜ではないこと。

黒髪のショートカットで、漫画家を夢見ているけどなかなか芽が出ない少女。

まるでそれは、九十九自身のようにみえた。


『私ね、好きな人がいるんだ』


『へぇ、それって誰なんだ?』


『……不器用でね。自分のことばっかりだと思わせといて、私のことちゃんと見てて。いっつも背中、押してくれるの。好きになるつもりなんて、なかった。こんな気持ちがあるなんて、知らなかった……私の、好きな人は………』


大事な場面、大事なところなのにセリフが空いている。

そこだけ書き忘れたとでも言うように、すっぽりと吹き出しだけになっていて……


「おい九十九、ここ書き忘れて……」


「君」


彼女の匂いが、ふわりと鼻に飛んでくる。

気がついた時には、彼女の唇が額にふれていた。

九十九の顔が息がかかるほど、俺の近くにきていて……


「九十九! おまっ、何してっ!」


「君だよ。僕の好きな人。それだけはちゃんと口で言いたかったんだ」


そういうと彼女は被っていた帽子を、深く俺に被らせてくる。

視界が急に真っ暗になったと同時に、慌ててそれを取ろうとする。


「正直、来てくれただけ舞い上がるほど嬉しかったんだよ? あの三人も同じ時間に約束したって聞いてたから。それだけでよかったのに、彼氏のふりも嫌がらずにしてくれるし、誰も気づかなかったことまで気づくし……まったく君って人は、相変わらず無意識に人を惹きつけるね」


「わ、悪気があるわけじゃねぇって」


「もし……もしだよ? 君にその気があるなら……僕を、彼女にしてくれませんか? ふりじゃなく、本当に」


ようやく視界が開け、彼女の顔が見える。

その笑みは、どこか自信がなさそうだった。

余裕なんてない。不安で仕方ない顔。

こいつは、ずっとそうだったのだろうか。

俺の知らないところでずっと、一人で戦ってー


「いいにきまってるから、ここにいるんだろ」


そういいながら、彼女の帽子をかぶせる。

同時に顔を上げる九十九の顔は嬉しそうで、くすりと笑って見せた。

その笑顔はいつにもなくきれいで、かわいくて。これが本当の九十九の笑顔なんだと、その時初めて思ったー


(つづく!!)

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