七品目 柘榴石:友愛、真実


「皆さん、もう来年から三年生です。単位を落としている場合じゃないですからね~補修の人は、ここまでしっかりとってくださ~い」


ホームルーム担当の先生が、生徒全員に言う。

わいわいと周りの生徒がざわめきだす横で、俺はひそかにため息をついた。


年を越し、いよいよ大学二年の講義がすべて終わろうとしている。

最後のテストとだけあって、難しい科目の方が多かった。

幸い、補修を受けるまでには至らなかったが……


「お疲れ、稀羅。補修は大丈夫そうか?」


友人の昴が、優しく微笑む。

相変わらず全教科余裕でクリアしたこいつは、何ら心配もない。

かたや北斗は、相も変わらず補修者の名前に全部書かれていたが……


「ああ、一応大丈夫だったぜ。どこかの誰かさんとは違ってな」


「一応とはなんだ、このリア充め。彼女ができてさぞ幸せなお前に、俺の気持ちなどわかるまい」


厭味ったらしく言う北斗に、昴がまあまあとたしなめる。

二人にはすでに、彼女ができたことは報告した。

相手は誰だとかどういう経緯だ、とかで尋問が激しかったが……今となっては過去の話だな。


「そういえば、もうすぐ卒業式だな。僕達は参加できないけど、稀羅は行くのか?」


「まあ、終わった頃くらいに会いに行こうとは思ってるが……早いよなぁ、一年ってのは」


俺の彼女である湯浅は、大学四年生。もう少しでこの大学から去ってしまう。

結局彼女がどこにいくのか、未だ知らされていない。

せっかく付き合ったというのに、そばにいる時間が少ないのが残念で仕方ない。

就職したら、今よりもっと会えなくなってしまうのだろうか。なんて、俺が心配するまでもないか。


「あ、そういえば今から会うんだった。じゃ、またな二人とも」


「嫌味か? それは嫌味なのか? おのれリア充め……そのデート、オレが邪魔して……」


「こーら、北斗は今から補修だろ? 気をつけてな」


恨めしい北斗の嘆きが聞こえる。

ひらひら手を振る昴に、俺も小さく振り返して見せた。





「今から職員室に行くところ。少し待ってて、か」


湯浅からきたメッセージを眺めながら、廊下を一人歩いていく。

一年なんてあっという間だ。始まったばかりだった頃が嘘のように過ぎていく。

来年は自分が三年生になるなんて、正直信じられないが。

卒業、か。


自分の家を継ぐ、かつて彼女はそう言っていた。

湯浅の事だ、きっとどこへ行ってもうまくやれるに決まっている。

会社員となれば、大学生の俺とは今よりもっと会う機会が減ってしまうかもしれない。

仕方ないこと。いずれは来ること。

別にすぐ会えなくたって大丈夫、なんて思っていたが……


「すごいじゃないか、ありす。実技試験、首席だなんて」


嬉しそうな、弾んだ声がする。

ぱっと顔をあげると、いつのまにか職員室にたどり着いていた。

そこから出てきた湯浅の姿に、思わず呼び止めようとする。

が、その後ろにはあの人もいてー……


「ま、あたしにかかればこれくらい大したことないわね。曲出したとたんに一位総なめしてるやつに言われても、嫌みにしか聞こえないけど」


「そ、そんな皮肉なこと言わなくても……せっかくし、卒業前にまた作ってくれないかな? あの時のように」


「はぁ? もう女性のふりしなくていいっていうのに、あんたも物好きね」


「ありすのアクセサリーはいつ見ても素敵だから」


まっすぐで、素直な嘘偽りのない誉め言葉。

それを彼女は聞き飽きた、とばかりに肩をすくめる。

あの会長をあんな風にあしらえるのは湯浅だけだと、正直関心さえしてしまう。

だが、気のせい……だろうか。

彼女を見つめる会長の目が、いつもと少し違うのはー


「あ、稀羅! もう来てたのね、待たせてごめんなさい」


声すらかけられなかった俺に、彼女が気づいてパッと駆け寄ってくる。

心なしか、湯浅の声は嬉しそうに弾んでいるように聞こえた。


「試験はどうだった? ちゃんと合格したんでしょうね?」


「あ、ああ、一応。主席の湯浅ほどじゃないけど」


「なっ、聞こえてたの!? もうっ! あんたの声が大きいから、稀羅に聞かれたじゃない!!」


「そんなに恥ずかしがること、僕はないと思うけどな。むしろ誇るべきことだよ。ね、上杉君」


「え、あ、そっすね」


「何よそのはっきりしない返事。褒めても何も出ないんだからね!」


そういう彼女はすっかり拗ねたように、顔を逸らして見せる。

そんな湯浅に、彼は俺へ小さな声で、


「さっきからこればかりなんだ。内心は飛び上がるほど嬉しいはずなのに……君の前だと恥ずかしいのかな」


と教えてくれた。

わかっている、彼女がそう言う人だと言うことは。

ただ、会長から言われるとどうもモヤモヤしてしまう時分がいる。

文化祭で彼女がミスコンに出てた時も感じた、この違和感。

違っていて欲しい、心ではそう願っていてももしかしてと言う思いが、俺を突き動かして……


「会長……違ったら、申し訳ないんすけど……会長って、湯浅のこと……好きだったりします?」


いつのまにか、聞いてしまっていた。

この2年間、彼の存在を影で見てきた。

その中で、今の彼の表情は見たことない顔だとはっきりわかる。

まるで好きな人を誰かに取られたような寂しさと、その人を見ていたいという愛おしさ……

こんなふうに思うのは、俺も同じ気持ちを体感しているから……なのだろうか……


「……変なことを聞くね。付き合っているのは、君だというのに」


「考えてみれば、会長の好きな人の話、一回も聞いたことなかったなーって……」


「彼女がはっきりと言っていたじゃないか。僕を選ぶなんて死んでも嫌だと。彼女が僕を選ぶことはないよ。でも、君がもし彼女を泣かせたり、彼女の手を離してしまったら……その時は、どうするかわからないけどね」


本心なのか、冗談なのか。

判別するには難しく、少ない言葉だった。

だが、これだけはいえる。

どうするかわからない、そう言った会長の顔は完全に男の顔をしていた。

まるで、俺へ宣戦布告しているかのように。

その言葉を最後に、会長はじゃあといってしまう。

去っていく背中は心なしか、大きな壁のように見えてー


「ちょっと稀羅、きいてんの?」


「え? あ、悪い。なんだっけ」


「やっとテスト終わったんですもの。この後どっかいかない? ケーキが食べたいわ、お腹いっぱいに!」


「えーっと……俺、一緒に行っていいのか?」


「はぁ? 何抜けたこといってんのよ。あんた以外にいないでしょ。あたしの彼氏なんだから」


俺の不安をかき消すかのように、彼女は言い切る。

それがどれだけ嬉しくて、頼もしいことだろう。

言葉の重みを噛み締めていると、彼女の頬はたちまち赤く染まっていって……


「って、何小っ恥ずかしいこと言わせてんのよ! バカ!!」


「はいはい、悪かったって。じゃ、着くまで手でも握るとするか」


「なななななな何よ急に! そんなことで機嫌を取ろうたって、そうはいかないわよ!」


「俺が握りたいんだよ。離さないように」


彼女のために、俺がどれだけできているかはわからない。

できることなら、ずっと彼女のそばにいることを願いたい。

繋がれた赤い糸が、切れないように。

強すぎるあの背中を、彼女が追いかけないように。


「ま、まあそこまで言うなら、仕方なく握ってあげるわ」


照れたように言う彼女の手は、熱を帯びて温かい。

その温もりを包み返すように、俺はいつもよりしっかりと握り返して見せたのだった。


(つづく!!)

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