五品目 金緑石:秘めた思い



騒がしかった秋も終わり、本格的に冬を感じ始める十二月。

いよいよ、本格的に寒くなってきたと思う。バイクを運転するのも、ためらうほど。

そんな中、俺はというと……


「やっぱり男性はネクタイピンを欲しがるのね……スーツに合うもの、と言ったらもう少しシンプル目がいいのかしら……」


「あのー、湯浅?」


「あ、最近じゃピアスもいいって人もいるわね! あんたは黒髪だから……」


「ゆーあーささん」


何度呼んだか覚えていない彼女の名前を、もう一度言う。

あえてさんづけしたせい、なのだろうか。彼女は怪訝そうに顔をしかめ、


「何よ」


と、いかにも不機嫌極まりない声を出した。


現在、俺は彼女の学科でもある、生活デザイン総合学科、ファッションコースの棟に来ている。

というのも、彼女に呼び出されたからだ。

なぜ呼び出されたのか、その理由は深く聞かされておらず、唐突にアクセサリーはなにをつけるかの質問攻めばかりで……


「さっきから何なんだよ、急にアクセの話なんてしだして」


「最終課題なのよ。男性用のアクセサリーをデザインして、作って出すっていう」


「それはいいんだが、なぜ俺を参考に?」


「う、うるさいわね! 別に、うまくできたらプレゼントしたいとか、あんたとペアでできたらいいとか、そんなんじゃないんだから!!」


「答え全部言ってねえか? それ」


俺の突っ込みに、彼女はふんっとそっぽを向く。

彼女は俺と違って、大学四年生。いわば、あと少しで卒業だ。

この時期は就職先がどうこうとかで、四年生の教室はどこもバタバタしている。

そんなときに彼女と会うなんてなー、なんて思って微妙に避けていたのだが……どうも湯浅には、そんなことは関係ないようだ。


「しっかしすげーよな、アクセを作るなんて。就職先、決まってんのか?」


「一応、声はかけられたわ。文化祭のアクセが、業者の目に留まって」


「へえ、よかったじゃん」


「でも意味ないから。あたしが行くとこなんて、通う前から決まっちゃってるもの」


途端に、彼女の顔に翳りがみえる。

まるで後がない、と思い詰めたような表情だった。

初めて見た顔に、どうしようもなく胸が締め付けられてー……


「通う前から決まってるって……どういうことだよ」


「……聞いてどうするのよ」


「どうするの、って言われてもな……俺はただ、お前のことをもっと知りたいって、そう思っただけだよ」


付き合ったといっても、彼女のことは何も知らない。

人の事情なんて、踏み込んではいけないことくらいわかっている。

それでもこんな顔をみせられると、黙って見てるだけなんてできない。

何か助けになりたい、俺なんかが力になれるとは思わないが……


「あたしの実家、アクセサリー制作会社なの。小さい頃から、物造り系の教育ばっかさせられて。最初は反抗してたわ、誰がつぐかって」


「そ、っか……普通は嫌だよな、生まれた時から進路決められてるのって」


「そもそもあたし、そういうの絶対向いてないのよね〜針に糸を通すのだって時間かかるし、料理なんてざっくばらんな男飯よ?」


「はは……なんか、想像できちまうわ……」


「それどういう意味?」


人に言われるのは嫌なのか、彼女がふんっとそっぽをむく。

正直、彼女の学科を聞いたときは意外だと思った。

彼女は輝夜以上に、不器用な人だと思っていたから。

それでも実力が評価されているのは俺が知らないだけで、これまで努力を重ねてきた証拠だとおもう。

素人の俺からみればデザインして、それを作ってってだけですごいと感じてしまう。

きっと彼女にとっては、「できて当たり前」なことで、それよりも上を目指さなきゃいけなくてー……


「色々大変なら、辞めるって言えばいいのに。兄弟とか、他に任せられる人いねぇの?」


「下に妹がいるけど、あの子はダメね。そもそもアクセに興味ないもの。それに、あの子にはあの子の道がある。こんな思いをするのは、あたしだけで充分だわ」


そういう彼女はどこか諦めたように、はぁっとため息をつく。

そうか、だから彼女はこんなにもまっすぐな人なのか。


どこか面倒見が良くて、ダメなものをダメと言える正義感も持っていて。

それでも嫌なものを嫌と言わないのは、姉として、長女としての責任なのだろう。

湯浅は真面目だ。自分より他人のことを真っ先に考えている。

その背中がどんなにかっこよくて、頼もしいと思ったことか……


「お前、やっぱかっこいいな。普通に尊敬する」


「はぁ!!? ちょっ、いきなり変なこと言わないでよ!! ていうか、かっこいいじゃなく可愛いがいいんだけど!?」


「気にするとこそこかよ。でも、そうだな。ペアアクセなら、俺はイヤリングとかでいいかな。なるべくシンプルめで、な」


怒りながらも、俺の言葉が嬉しかったのか頬が緩んでゆく。

そんな彼女を愛おしく思いながら、その日はゆっくりとすぎて行ったのだったー


(つづく!!)

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