三品目 曹長石:愛の始まり

冷たい風が、体を冷やすように吹きつける。

茶色かった葉も今は全部落ちてしまっていて、冬の訪れを微かに感じる。

行き慣れた通学路をバイクで駆け抜け、駐輪場へ徐行しながら近づくと、見慣れた人影に気づき……


「はよ~湯浅」


「!? お、おおおはよう」


俺が軽く挨拶するのにも、彼女はどぎまぎした返事を返す。

あの文化祭を機に、なんと俺は彼女と付き合うことになった。

とは言っても、距離感的にはさほど前と変わっていないのだが。


好きだった人が男で、憧れの好きだった俺にとっては、当然異性と付き合ったことがない。

正直右も左もわからないのだが、それは彼女も同じことで……


「昨日何でくるかって聞かれた時は、もしかしてって思ってたが……ずっとここで待ってたのか?」


「べ、別にたまたま通りがかっただけよ!」


「本当かー? それ」


「ほ、ほんとよ! そもそもあたし車通学だから、言うほどまってないわ!」


正直、これほどまで嘘だとわかりやすいものはないだろうと思う。

寒さのせいか、彼女の肌は少し赤くほてっているのがわかる。

両手を何度も擦り付けていたあたり、結構待たせてしまったのかもしれない。

そう思って徐に彼女の手を掴む。

案の定、彼女の手はとても冷たかった。


「ひゃっ!!? ちょっ、何するのよ!!!?」


「本当に待たせてないか心配でな。すげー冷たいじゃん、あっためてやろうか?」


「だ、だだだだだ大丈夫よ!」


「ま、つっても俺もバイクで来たばっかなんだよな。全然あったかくはねぇか」


自分の手の冷たさが申し訳なくなってきて、ゆっくり離そうとする。

それでも彼女は嫌、とばかりに指を絡め、


「あ、ったかいから、しばらくこのままでいなさい……」


顔を赤ながら俺に呟く。

思えば、彼女の手なんて握ったこと自体初めてな気がする。

冷たい感触なのに伝わる熱があたたかい。

細くて柔らかくて、男性の俺とは全然違う。

だんだんと小っ恥ずかしくなってきた俺は、目線を逸らしあえて話題をかえてみせた。


「そ、そういやさっき車通学って言ってたけど、免許とってんだな。自分の車とか?」


「……親のおさがりよ。来年から社会人になるし、一応ね」


男性は基本的にバイクや自動車通学が多いと聞く。

その代わり、女性は電車やJRなどの公共の交通機関を使う人がほとんどだ。

そんな固定概念のせいなのか、彼女が来るまで来ているなんて全く知らなかった。

とはいえ湯浅の運転姿はいともたやすく想像できてしまうし、俺なんかよりもさまになるんじゃないか……なんて考えてしまって……


「……何よ、じろじろみて」


「あ、悪い。俺はバイクしか許されなかったから、マイカー通学とかうらやましいなーって思ってさ」


「あたし的にはバイクのほうが良いと思うけど。あんたの運転姿、様になってるじゃない」


稀に、こいつはさらっと小っ恥ずかしいことを言う。

こう言うのを無自覚、とでもいうのだろうか。

が、ものの数秒ですぐに自分の言ったことの恥ずかしさに気づき、


「べべ別に、いつもよりマシってだけだから! 調子乗らないでよ! ていうか、いつまで手握ってんのよ!!」


とわかりやすい言い訳を並べて、強引に手を離してしまう。

これが世でいうツンデレというものらしい。

とはいえ俺も、知ったのはごく最近の話だし、扱い方がわかってるわけではないのだが。


「……あ、そーいや来る途中にこんなの見つけたんだが、興味あるか?」


無理矢理にでも話題を逸らそうと、見つけたチラシを彼女に渡す。

若干強引さに顔を顰め、横目でチラシを見ようとする。

が、内容を見た途端、


「す、スイーツバイキング!!? 何これ! 知らない!!」


と目の色を変えて叫んだ。

何を隠そう、彼女は極度の甘いもの好きだ。

初めてみた時はあまりの豹変っぷりに驚きつつも、その表情に可愛いとさえ感じてしまう。

だからこういうのも好きなんじゃないか、なんて思っていたが……こうもいい反応してくれると、少し嬉しくなるな。


「期間限定でやってるんだってさ。店がちょっと距離があるけど、車があるなら行けるだろ。つっても今週末で終わりなんだが」


「こ、今週末!? なんで早く教えてくれなかったのよ!! 稀羅!! この日、空いてる? 空いてるわよね?!」


「えっ、空いてるけど……まさか……」


「あんたも一緒に行くに決まってるでしょ! デート、するわよ!」


見つけたこと嬉しいのか、満面の笑みがこちらを向く。

忙しい表情の変化に、俺はどうしようもなく目を逸らすことしかできなかったー


(つづく!!)

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