page.8  想伝日に小さな誓約を


二月。一段と寒さが厳しくなってきたこの頃。

朝から、ソワソワしてしまう。

それもこれも、今日という日がいつもと違って特別だからだ。


毎年のようにやってくるそれは、正直関心なんてものはない。

そもそもあてもなかったし、むしろ本命だの義理だので揉めることの方が多い。

一番多かったのは、俺より遥かにモテるあいつに渡してほしい、というものだっただろうか。


「上杉、問題。今日は何の日かわかる?」


彼女ー野神千彩が、じぃっとこちらを見据える。

くりくりした大きな瞳を直視しないようにと、あえて顔をそらしてみせる。


「そ、そうだなー、何の日だったっけなー煮干しの日、とかだったような?」


「……上杉、わかってて言ってるでしょ」


「悪かったって。バレンタインだろ?」


今日は2月14日。バレンタインデーとよばれ、恋人にとっては特別な日でもある。

うちの両親が毎年、これでもかってほど送りあうせいか、好きか嫌いかで聞かれると嫌いなイベントだ。

学校やバイト先でも、俺より遥かにモテる昴に渡してほしいというものばかりだし、もらうことに貪欲な北斗を止めることの方が大変だし……


正直、自分にとってどうでもいい、そう思っていた。

あくまでも、彼女と付き合うまでの話だが。


「俺から言わせるってことは、やっぱあれか? 用意してくれた、とかか?」


「ばっちり。いっぱい買っといた」


「そ、そうか、ありがとう……」


「本命だよ。手作りにはできなかったけど、その分気持ちはたくさん込めたから」


そういうと、彼女は手を出してという。

言われるがまま両手を差し出すと、そこにはこれでもかというほどの量の一口チョコがおかれて……


「いや、多いな! どんだけあるんだよ!」


「私、質より量派。上杉の好きな味、ある?」


「これだけあればあってもおかしくはないと思うが……よくこんなに集めてきたな」


「上杉の好きなもの、わからなくて。たくさんあるよ」


彼女は一つ一つ、味がかかれたチョコレートを俺に見えるように置いていく。

ビスケット、ココア、ミルク……本当に多種多様だ。

これだけあると、何から食べていいかわからなくなるな……なんて思いながらも、一つ手に取ると……


「ん? なんかかいてある……」


チョコレートを包装していた紙の裏に、文字が書かれていた。

う、というたった一文字だったが。

もしかしてこれ……

徐にチョコを全部ひっくり返すと、案の定全部文字が書かれていて……


「私からの贈り物。ちゃんと並べたらメッセージになるよ」


「へぇ……豆だなー意外と」


「見事正解したら、いいことあるよ」


俺に期待するかのような眼差しを、彼女は向ける。

流石に間違えられない俺は、一つ一つ文字を組み替えて見せる。

こういうパズル系を解くのって、苦手なんだよなぁ……あ、でも俺の名前が入ってるのはすぐにわかるかも……?


「う、え、す、ぎ………だ、い、す、き?」


つながった文を読み上げ、思わず彼女を二度見する。

流石に恥ずかしかったのか、野神はラビット将軍で顔を隠し、


「……正解」


と呟く。

まさかこんな文章が隠されているなんて、誰が予想しただろう。

真っ直ぐで、純粋な彼女が込めた想いがひしひしと伝わってきて。分かったこっちが恥ずかしくなってきて……


「お前なぁ……こんな恥ずかしいの、クイズにするなよ……直接言えばいいのに」


「本当はもっと長くしようと思ったんだけど、直接いったほうがいい気がして」


「最初からそうすればよくね?」


「上杉は、私の王子様なんだよ。今までも、これからも、私は上杉の隣にいたい。上杉と、一緒がいい」


全くこいつというやつは、どうしてこうもまっすくなのだろう。

いつか、くるであろう未来。

俺の隣には、彼女がいてほしい。

そう思えるのは、彼女のことを好きになったから……なのだろうか。


「心配しなくても、同じ気持ちだよ。俺も、お前と」


「ねえ上杉、私あれがしたい。チョコのお返し」


「……ホワイトデーまだ先だろ」


「じゃあ前借りで」


大きくて、くりくりした瞳がまっすぐ俺を見つめてくる。

そんな彼女に、しょうがなく思いながらもゆっくり自分の唇を重ねる。

細く小さな体が、俺へ身を委ねてゆく。

照れくさそうにぬいぐるみで顔を隠す彼女を見て、俺は思った。

俺の彼女ー野神千彩は可愛すぎる、と。


fin


(Who will be the next heroine?)

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