page.5 与えられし試練の超克



騒がしかった秋も終わり、本格的に冬を感じ始める十二月。

いよいよ、本格的に寒くなってきたと思う。バイクを運転するのも、ためらうほど。

同時にそれは、次の学年への準備が始まりつつあることを示していて……


「し、失礼しまーす」


「おっそぉぉぉい! 貴様か!? 妹をたぶらかした上杉稀羅はあ!!」


「い、一応……えっとぉ、俺に何か御用、でしょうか……」


職員室の隣にある、応接室。そこに、俺はなぜかきていた。

ことの発端は数分前、野神から、


『緊急事態発生。至急、応接室に来たれり』


と、意味不明なメッセージが来たからだ。

応接室なんて、何かやらかした時くらいしか来ることがないと思っていた。

できれば、一生入ることないことを願っていたのだが……


来てみれば家庭科の担当をしている先生と、見知らぬ男性が三人ほどいるだけ。

呼び出した本人である野神は、俺の後ろに隠れたまま何も言おうとしない。

せめてこの人たちが誰かくらい、説明してから隠れてほしかったのだが……


「こら、そんなにがっついたら怖がられるよ。初めまして、いつも千彩がお世話になってるね。僕は長男のこう、こちらが……」


「次男の志貴しきという」


「そしてオレが三男! せいだ!!」


「えっ、皆さん野神のお兄さんなんですか?!?」


そういわれて、何となく彼を見直す。

俺よりもはるかに背が高い三人の男性は、どこをとっても彼女には似ていない。

三男と言われた人はどこか北斗のような厄介さを醸し出していて、次男も気難しそうな眼鏡をしていたりと似ている箇所が見当たらない。

まともに見えるのは、長男くらいだろうか……


というか野神、三人もお兄さんいたんだな。まあ見るからに妹、って感じはするが……

もしかしてこれってあれか? 大事な妹をお前にはやらん! 的なイベントか?

いやだとしたら、先生がいる意味がねぇか。


「時間が限られているので、早速本題に入らせてもらおう。実は先日、妹の部屋でとある書類を発見した」


「はあ、というと……」


「転科試験のお知らせ、だ。心当たりはあるだろうか、上杉青年」


かけなおした眼鏡のレンズが、ぎらりと光る。

その言葉と彼の威圧に、思わず身の毛がよだつ。

まさか、俺が呼び出されたのってこいつに声優を提案したのがばれたからか!?


「え、ええっと、妹さんがあまりにもなりきるのがうまくてですね! 向いているなあって話してたんです! ま、まさか本当に転科試験を受けるなんて、俺も思ってなくってですね!」


「やはり貴様の差し金だな!? なんてことを吹き込んだんだ! うちの妹はとにっかくかわいくて素直だから、なんでも真に受けてしまうというのに!」


「知っていると思うんだけど、千彩は人前に出るのもやっとな子でね。小さい頃から、私たちの後ろに隠れてばっかりで……」


「そんな妹がよもや声優など……あまりに無鉄砲な考えではないだろうか」


正直、ぐうの音も出ないほどの正論だ。

確かに野神は、かなりの人見知りだ。きっと兄である彼らの方が、そのことを知っている。

提案した自分にも否があることくらい、俺だってわかっている。

だけど今はそれも、少しずつではあるがよくなっている。

現に、文化祭の時だって……


「正直、部屋で転科試験の紙を見た時は驚いたよ。ぬいぐるみを介して話す方法を見つけたって言った時から、少し気がかりではあったけど……このことについて、妹はなにも言ってくれなくて……」


「千彩はなあ! 超超超かわいいオレの妹だぞ! 野神家が誇る、最高の妹だ! みんなから愛されている! そんな妹が! 声優だとぉ!? 納得できるか!!」


「妹に素質があると言ってくれるのはありがたい。が、なれることすら一握りな職業に、兄としてはついてほしくない。我々と共に彼女を説得してもらえないだろうか? 妹の将来のために」


これじゃあまるで、俺は悪者扱いだなあ。

現にお兄さんも、彼女のこと思うからこそ、反対という結論に至ったのだろう。

彼女の性格上厳しい、声優になることすら難しい。俺でも分かっているつもりだ。

ここで従っていいものか……そんなことを考えていると……


「……上杉は、悪くない。悪いのは、全部、私」


聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声がする。

ずっと隠れていた野神が、少しずつ顔を出していた。

服をつかむ手は震えていて、それでもまっすぐ伝えようとお兄さんたちを見つめていた。


「私、ずっと逃げてきた。人見知りな私を、お兄ちゃんたちが助けてくれて。ろくに話せない私を、ぬいぐるみやお友達が助けてくれて……上杉はそんな私を、褒めてくれた。無理だって、自分でも分かってる……でも、やるだけやってみたい……転科試験、受けたい……!」


初めて、彼女の大きな声を聞いた気がする。

その声に兄たちも驚いているのだろう、目を丸くしている。

やっぱり、野神は強くなろうとしている。少しずつだけど、前に進もうとしている。

そんな彼女だからこそ俺は支えたいと思ったし、一緒にいたいって思ってー


「お兄さんたち、文化祭来てないっすよね? 映像でとってあるそうなんです。無理って決めつけずに、彼女の力を見てからでもいいんじゃないっすかね」


おそらく野神は、大事に大事に育てられたのだろう。

だから苦手な人前も、克服しようと思わなかったのかもしれない。

現に彼女は、自分の思いをお兄さんに伝えることすらできなかった。

きっと無意識に、無理だと決めつけられていたから。それに野神自身の思いも閉じ込められてきて、それでもどこかに気持ちがあって……


「……やっと自分の気持ちを伝えてくれたね、千彩」


一番上のお兄さんが優しそうに微笑む。

野神の意思が伝わったのか、残りの二人もどこかほっとしたような顔をしていた。


「……頭ごなしに否定すぎた。そこまでいうのなら、劇の映像を拝見してから考えよう」


「くぅぅぅ! ほんっとに大きくなったなあ千彩! 俺達兄三人は! いつでも千彩の味方だからな!」


一番下の兄が、野神を抱きしめる。

みんな、彼女に寄り添うように頭をなでたりしてくれていた。

やっぱり、いいお兄さんたちだ。

なんだかんだで敵扱いされていたが、これでようやく肩の荷が下りそう……


「あ、あとね、上杉私の彼氏。だから、仲良くしてね」


と、思ったのだが……安どするのはまだまだ先の話のようだ。


(つづく!!)

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