page.4 待望の逢瀬時
文化祭一色だった秋が、もう直ぐ終わりを迎える。
11月だというのにどこかまだあったかい今の時期は、行楽シーズンといわれるほど人手が多い。
ただの週末でも、家族連れやカップルが多く見れるほどだ。
こんな人手が多いところ、彼女がすすんでこようとは思わない、なんて思っていたが……
【愚かな民衆達だ……今からこの我輩が、視察にやってくると言うのに……】
ベレー帽に、少し大きめのセーターと膝丈くらいのスカートを履いた野神が、うさぎのぬいぐるみで視線を隠す。
約束の週末。俺達は今、なぜか動物園にきている。
ことの発端は、彼女がコッペパンの代金の代わりに、
「私たち、お付き合いしてる。だから、デートがしたい」
と言い出したことである。
確かに彼氏と彼女になったことで、どこか二人で出かけたいというのはわかるのだが……
彼女が選んだのは、まさかの動物園。秋の行楽シーズンも相まって人手が多い場所だ。
そもそも何でここを選んだのか……野神自身、こう言う場所すら苦手なはず……
「本当に大丈夫か? 他の場所に変えてもいいんだぞ?」
「平気。上杉と一緒なら、どこでも大丈夫な気がするから」
そういうと、彼女は大きく深呼吸をする。
持っていたバックにラビット将軍をしまうと、俺の方に手を差し伸べ、
「今日だけ、つないでもいい?」
と恐る恐る聞いてきた。
差し出された手は心なしか震えていて、俺の顔を覗き込むように様子見る。
心なしか、顔も少し赤くなっているような気がして……
「言われなくても、つないでてやるよ。迷子になったらいけないしな」
「子供じゃないもん」
「はいはい、すみませんでした」
小さく、細い手が自分の手をつかむ。
そのぬくもりにこそばゆさを感じながらも、放さないようにぎゅっと握り返して見せた。
大学より少し離れたここ、水川動物公園はパンダが有名なところだ。
赤ちゃんパンダが生まれたとかで、ここ数日賑わいが絶えなかったらしい。
人混みに飲まれないように、彼女と手を繋ぎながら歩く。
笹を食べている親子パンダは、男の俺からしてもすごく可愛らしく見えた。
「人が集まるだけあるな。結構可愛いじゃん」
「本物のパンダ、初めて見た。パンダマンよりイケメン」
「パンダマンって……また新キャラか?」
{いかにも! 僕はパンダマン! みてくれ、この人気っぷり! どうだい? かっこいいだろう?}
俺が振ったからなのか、彼女がどやりと胸を張る。
偶然にもパンダがこちらを向いており、まるであのパンダが言っているかのようにタイミングがばっちりあう。
それがなんだか面白くて、つい笑ってしまった。
「上杉、笑ってる」
「あ、悪い。なんか、パンダが言ってるみたいで面白くってさ」
「動物さんのキャラクター、いっぱい作ってもらってる。上杉が笑ってくれるなら、私演じたい」
そう言いながら、次はこっちと彼女が引っ張ってゆく。
次々にみる動物にあわせて、野神はその動物に合わせたキャラになりきってみせる。
声も、性格も全部違う。同じ人がやってるとは思えない演技に、たちまち魅了されてしまうー……
「お前はすげーな。一緒にいると、改めて思い知らされるわ」
「上杉が笑ってくれたから、私頑張った」
「俺のって……そんなに珍しいことでもないだろ」
「私、上杉の笑った顔、好き。デート、楽しかった?」
顔色を伺うように聞いてくる彼女の瞳が、不安そうに揺らぐ。
今日、ずっと心配していたのだろうか。
俺を喜ばそうと、彼女なりに必死に頑張って、苦手な人混みの中を選んで……
「ああ、楽しかったよ。おかげさまでな」
「そっか。今度は上杉の行きたいとこ、いこ?」
「そうだな、また行こうか」
繋がれた手を、離さないようにぎゅっと握る。
嬉しそうにはにかむ彼女は、とてもいじらしく、まるで野に咲く一輪の花のようにかわいかった。
(つづく!!)
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