page.3 初めての刹那る交わり

冷たい風が、体を冷やすように吹きつける。

茶色かった葉も今は全部落ちてしまっていて、冬の訪れを微かに感じる。

行き慣れた通学路をバイクで駆け抜け、駐車場の方へ向かうと見えてくる人影にゆっくりとスピードを落としてゆく。


「おはよ、野神。早いな」


「上杉、バイク初めて見た」


「そうだっけか?」


「私、免許持ってない。だから、すごくかっこいい」


まるで憧れの視線を向けるようにしていう彼女に、どう反応していいかわからなくなる。


彼女と出会って半年経つか、経たないか。

文化祭を機に、俺と野神は彼女と彼氏という関係性へと変わった。


とはいえ、異性と付き合ったことがない俺にはまるで未知の世界。

野神自身も同じなのか、まずは待ち合わせをしてみたいという無駄に純粋なお願いをされて今に至っている。

本当は家まで迎えに行こうか、なんて思ったが、さすがに手が早すぎる気がして言い出せなかったが……


「待ち合わせって、こんな感じでよかったのか? 結構待っただろ?」


「大丈夫。私も送り迎えだから」


「へぇ、電車じゃねぇのか」


「……電車、苦手。人がいっぱいいて窮屈だし、ラビット将軍が汚れちゃう」


なんとも彼女らしい理由だ、なんて思ってしまう。

こうして普通に話せていることから忘れてしまいそうだが、彼女は極端な人見知りである。

ラビット将軍と呼ばれるうさぎの人形を常に持っており、キャラクターに成り切ることでなんとか話せるらしい。

以前よりは話せる相手が増えていると思ったのだが、やはりこういうところは変わらないってことか……


「上杉、今日のお昼って買ってる?」


「昼か? 学食にしようと思ってるが……」


「ダメ、買わないで。私、上杉と食べたいものがある。いつもの教室で待っててくれる?」


「いいけど、それって俺とじゃなきゃいけないのか?」


「上杉じゃなきゃ嫌。上杉とだから食べたい」


野神はとにかく素直だ。

恥ずかしいと思うセリフを、直球に伝えてくる。

面と向かって話すようになってからではあるが、俺の目をまっすぐ見るようになった。

クリクリとした瞳がすごく眩しくて、直視しているとこちらが照れ臭くなってしまって……


「わかった、じゃあまた昼にな」


つい視線を逸らした俺は、逃げるようにその場を後にしたのだった。




思えば、野神とお昼を食べるなんて初めてな気がする。

午前の講義を終え、おもむろに教室へ向かいながら考える。

会長へのアプローチのために作戦会議がてら、お昼に集まることは何度かあったがそこに彼女の姿はなかったはず。

放課後は姿を現していたあたり、誰かと食事することが苦手なのかと思ったりもしたが……


「上杉、お待たせ」


昼休みが始まって十分後。彼女は現れた。

なぜか、顔だけひょこりとのぞかせて。

しかし一向にこちらへやってこないものだからつい、俺はどうした? と声をかける。

すると彼女は、じゃんっとあるものを見せてきて……


「これ買ってたら遅くなった。上杉も食べる?」


両手いっぱいに抱えられていたのは、ラビット将軍ではなくコッペパン。

しかも中に、スイーツやおかずが入ったものである。

袋に書いてあった店名には、見覚えがあって……


「それってまさか、駅前に新しくできたコッペパン屋のやつか?」


「正解。さすが上杉」


嬉しかったのか、彼女はぴょんぴょんはねながら教室へと入ってくる。

それは、まだ彼女が俺に心を開ききってない頃。

野神と会話できるようになれ、と言われ、初めて会話を交わしたきっかけとなった店だ。

とはいえすべてラビット将軍に対してしか話せず、お互いに探り探りだったのだが。


半年も前のこととはいえ、彼女がそれを覚えていてくれたことに驚いている自分がいる。

あの頃は俺も必死で、なんとか会話を続けようと思って出した苦肉の策だった。

当時は注文すらできなかったのに、こうしてみると本当に成長したな……


「上杉と食べたくて買ってきた。好きなのとって」


「お、おう、ありがとう……俺と食べるからって、わざわざ買ってきたのか?」


「私、このお店のコッペパンがお気に入り。でも、1人で食べてもダメ。上杉と食べた味が、一番おいしくて、一番好き」


そういいながら、小さい口をコッペパンでいっぱいにする。

ほおばる様子はまるで動物のようで、とてもかわいらしく見えてしまう。

対する俺としては、「俺と食べた味が」何て言われて、どうしていいか分からなくて……


「上杉、食べないの?」


「あ、ああ、いただくよ。お金、いくらだ?」


「お金、いらない。かわりに今週末、一緒にお出かけして?」


そういいながら、彼女はお願いとばかりに上目遣いをしてみせる。

相変わらず、この目にはかなわないな。

そんな彼女の振舞いに勘弁してくれ、と思いながらも、首を横に振ることなんてできなかったー


(つづく!!)

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