page.2 契られし決戦 後章
その後の野神は、予想以上に自由奔放だった。
「上杉、私あれ食べたい。だめ?」
うまくいったことに我ながら満足しているのか、あれもこれもと色々おごらせようとする。
さすがに全部は無理だったから、どうしてもって奴だけにしてもらったが。
にしてもこいつ、俺が断れねぇってわかっててやってねぇか?
ぬいぐるみ越しの上目遣いといい、このあざとさは反則だろ……
「上杉、次はあそこに行きたい」
「今度はなんだよ……ってコスプレ体験コーナー? 興味あるのか?」
「さっき、人形劇見てくれた芸能科の先輩が言ってたの。声優コースの人と服飾サークルの人が、共同でしてるって。私、コスプレしたい」
また妙なものに興味を持つな、こいつは。
そう思いながらも、はいはいと適当に返事をする。
中に入ると、なんの格好かもわからない人たちが、あちこちにいる。
多分アニメとか漫画のやつなんだろうが……オレにはさっぱりだ。
とことか走ってゆく野神に、どれがいい? と色々な格好をすすめている。
それにしても、これ全部作ったんだよなぁ
コスプレってだけでもすげーのに……
あ、あそこにあるやつ、野神が着たら様になりそう……って、オレは何余計なことを……
「上杉、着たよ」
彼女の声が聞こえる。
振り返ると、そこにいたのは何とも知れない格好をした野神がいた。
白くて長い耳、もふもふした毛並み。
いわゆるうさぎの着ぐるみだ。
これは……コスプレというのだろうか。
そんなことよりも俺が驚いたのは、彼女が選んだ服が、先ほど彼女に似合いそうだと思ったものと同じで……
「ラビット将軍とお揃いにした。似合う?」
「お、おお……いいんじゃね?」
【ふっふっふっ……これぞ吾輩の真の姿というものだな! 存分に写真を撮ってよいぞ、上杉少年!】
急に声が、ラビット将軍のものへと変わる。
それはきっと、声をかけてくる人々への照れ隠しなのだろうか。
ぴょんぴょん周りを駆けまわる彼女は、本当のウサギのようで。
その上ラビット将軍を胸に抱えているせいなのか、なおさらかわいらしくみえてしまう。
正直、目のやり場に困るくらい……
「客引きもろくにせず、一人呑気にデートとは……全くもっていいご身分だな、稀羅」
どすの聞いた声が耳元でしたせいで、思わずぶるっと身震いする。
振り返るとそこにいたのは、まさかの友人ー伊達北斗だった。
いつもの制服の上に、全身が覆うようなフードをかぶっており、いつもよりも気味さが増して見える。
「び、っくりしたぁ。なんでここにいるんだよ」
「無論、占い同好会の宣伝だ。誰かさんが働かないせいでな」
「誰もやるとは言ってないと思うんだが?」
彼がこんな格好をしているのも、サークルの活動として占いを行っているからだ。
といってもそれは表向きの話で、本当は女子ばかりに声をかけては口説きまくり、ゆくゆくは彼女を作ろうという目的がある。
占い研究会……もとい、別名非リア同好会だ。
そういや今年は昴がいないからって、客引きを頼まれたんだっけ。すっかり忘れてたわ。
「上杉、また着てみたからみ……っ! ……上杉のお友達……」
「これはこれは野神千彩さん。ごきげんよう」
カーテンの向こうから、野神がやってくる。
すかさず北斗が彼女の丈にかがみながら、気持ち悪い挨拶を交わす。
正直野神は人見知りな上にこんな奴とは話させたくない、と思っていたのだが、彼女は俺に隠れることもぬいぐるみに隠れることもしなかった。
「お初にお目にかかります、私伊達北斗と申します。その格好はお姫様、ですか?」
「……千彩デレラ、だよ。ねぇ上杉、かわいい?」
そう言われて、ようやく彼女の服装がピンクのふりふりしたドレスに変わっていることにきづく。
まるで童話の中に出てくる、シンデレラのよう。
小柄ながらもすごく似合っていて、本当にお姫様の中にいてもおかしくないような……
「あ、あー、まあ、いんじゃね?」
「……お友達さんは?」
「なんとも可愛らしい。とてもお似合いですよ」
「やった」
俺が言えずにいた誉め言葉を、彼は難なく口にしてしまう。
まあそれが北斗だって、分かってはいるのだが……
同じ男としてすげー差を感じるし、何も言えない自分が情けなくてー
「俺、ちょっと飲み物買ってくる。二人で話しててくれ」
気が付いた時には俺は、逃げ出していた。
いつの間に彼女は、北斗と面と向かって話せるようになったのだろう。
ドリンクを手にしながら、俺はふと考えていた。
出会った時は、ぬいぐるみを介してでしか他人と話せなかった。
思い返してみれば、クラスメイト達にも普通に話せていたような気がする。
てっきり輝夜達だけにしか話せないのかと思っていた自分が、バカみたいだ。
あいつだって大人だ。それなりに成長しているし、他にも心を開いてる人だってたくさんいる。
俺だけが、特別じゃない。
野神はすごい。
あの声や演技力なら、声優なんて夢じゃないはず。
そんな彼女の隣に、俺はいてもいいのだろうか……
「上杉、ここにいた」
彼女の声がする。
探しに来てくれたのだろうか、ジュースちょーだいと言わんばかりに手を差し出す。
彼女用に買っていたオレンジジュースを差し出しながら、俺はあえて聞いてみせた。
「いいのか? 北斗と話さなくて」
「うん、大丈夫。上杉のお友達って変わってるね。あんな人、初めて見た」
「ああいう変なのは、あいつだけで充分だよ」
「……ねえ上杉。私、ほしいものがあるの。ご褒美じゃなくて、別のもの」
いつになくはっきりとした声、まっすぐ向いた瞳。
よくよくみると、彼女の手にぬいぐるみはなかった。
それが新鮮で、まともに顔を見たのはいつ以来だっただろうと考えてしまう。
そのまっすぐな瞳に、思わず目をそらしてしまい……
「へぇ、何が欲しいんだ?」
「えっとね、かっこよくて、大きくて、あと、強いもの、だよ。それがあると私、ドキドキする。自分が、自分じゃないみたいに」
「……なんだそれ。そんなものあるか?」
「わからないの? 上杉のことなんだけど」
あまりにも予想外すぎないだろうか。
こいつはさっきから、何を言っているのだろうと顔を見る。
それでも野神は何もおかしいことは言っていない、とばかりにまっすぐ見つめていてー
「上杉は私のヒーロー。だから私のそばで、私を守ってほしいの。声優って夢をくれたのも、上杉だから」
「……俺なんかでいいのかよ」
「で、じゃない。上杉が、いい」
言葉は少なくとも、一つ一つに説得力があって力強くて。
体は小さいのに、芯は大きく強くて。
そんな彼女だから、俺は惹かれたのかもしれない。
初めて会った、あの時からー……
「はいはい、守ってあげますよ。小さいお姫様」
そっと抱きしめた体は、ほてったように熱い。
それでも野神は嬉しそうに、俺の体をぎゅっと抱きしめてくれた。
(つづく!!)
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