相愛 -√NOGAMI CHISA-
page.1 契られし決戦 前章
パンパン、と花火が散る。
杓璃祭、とかかれた看板が青空の下に立つ。
すれ違う人はみな、楽しそうでその中をかきわけるように足を進める、
時計の針が、11時をさす。
俺が文化祭を回りたいと思った相手はー
わらわらと、観客席に人が集まってくる。
もうすぐだね、と言い合う人の顔はみな、どこか楽しそうに笑っている。
そんな中、俺は袖で待機していた数人のところへ歩く。
一人、隅っこに縮こまっている人のもとに……
「てのひらにあを一回……二回……三回かく……これを飲むだけ……」
「それ、確か人の字じゃね?」
くりくりした瞳が、こちらを向く。
声をかけたのが俺だとわかると、彼女の顔は驚いたように目を丸くした。
「上杉……? 本物??」
「本物に決まってんだろ。偽物にでもあったか?」
「夢じゃない……上杉に会えた」
自分で自分の頬を触る彼女の顔は、みるみるうちに嬉しそうな笑顔に変わる。
野神千彩。総合学科、創作コース所属の大学一年生。
小柄な体格でおとなしいようにみえて、実際はお喋りな年下の女の子である。
大体の人は、大学生とは思えないほどあどけなさがあるのだが。
「どうだ? 調子のほうは」
「上杉が来てくれたから絶好調。……とみせかけて絶不調」
「まあ、そうなるよな」
「上杉。少しだけ、身を隠させて?」
そういうと彼女は服の裾をつかみながら、俺の後ろに隠れる。
こいつがこうなるのも、無理はない。
今はこうして普通に話しているが、彼女は極度の人見知りだ。
初対面の人とは、ぬいぐるみを介してでしか話すことができないほど。
その結果、培われたのがそのキャラになりきる声と演技力だ。
演技は好きでも、人前に出るのが苦手。そんな彼女にかつて俺は、声優を提案した。
その一歩にと立候補したのが彼女の属する学科で行われる人形劇の演じる側だ。
しかも転科試験まで受けようというのだ。
何気なく言った言葉が、まさか実現に向かうとは、誰が予想しただろう。
彼女の行動力にどれだけ驚かされたことか……
こんなことをしてる間も、わらわらと人が集まってくる。
うちの生徒だけでなく、他校の生徒、さらには父兄たち。
その中でも極めて子供が多いのは、人形劇という出し物のおかげなのだろうか。
裾を掴む彼女の力は、心なしか強くなってる感じてー……
「まあ、緊張するなっていう方が無理だよな。分かってるつもりだよ、お前の気持ちは」
「……上杉、一つだけお願いしてもいい?」
「なんだ? 俺にできることだったらなんでも……」
「ぎゅってさせて」
「は……? ぎゅって何を!」
「私の手。ちょっとだけでいいから」
上目遣い、くりくりとした瞳、甘えるような猫撫で声。
この声や動作に、どれだけ俺はかなわないと思ったことだろう。
仕方なくも自分の手を差し出すと、野神は両手で包み込むように握りかえす。
俺より遥かに小さな野神の手はかすかにふるえていて、それでもどこか暖かかった。
「上杉の手、なんか熱い?」
「き、きのせいじゃね? そんなに緊張することないんじゃねぇか? 今日のお前はにゃこ姫やオマツリジャー、ラビット将軍だっているんだ。こんなに心強いことないだろ?」
「……本当?」
「俺が見えるとこで見ててやるよ。なんていっても俺は、ラビット将軍の一の子分だからな」
こんなことで、何かが変わるって保証はない。
少しでも勇気を分けられたら、なんて都合のいいことを思ってしまう。
俺がそう思っているのが伝わっているのか否か、野神は嬉しそうにうんっとうなずいてくれた。
クラスメイトらしき人が、野神を呼ぶ。
同時に野神は、握った手をぎゅっと強く握り返してきて……
「私、やる。上杉のためだけに、演じる。だから、みてて。私の演技」
そう言い放った彼女の顔はいつになくかわいくて、頼りがいがあって。とても満足げに見えた。
その後の人形劇は、野神無双といっても過言ではなかった。
この劇のメインはあくまでも作った人形の披露。そのせいなのか、とにかくたくさんの人形が出てきていた。
それをなんと彼女一人で演じていたのだ。
〈あたいはきつねっちっていうんだ! 人に化けるのが得意なんだぜ! ほら、この通り!〉
≪やだ、化けるのならこのたぬきちのほうが得意だポン! みるがいい! ぽんぽこぽ~~ん!≫
動物のキャラや設定は、相変わらずそのまんまでひねりもなんもなかったが……
それでも、野神一人がやっているなんてことを誰一人想像していなかった。
最後の最後に、司会の人が演者紹介をしてくれたのだが、野神しか出てこなかったことに驚き、みなが称賛した。
それだけ、彼女の演技が人を引き付けたのだと実感する。
やっぱりあいつはすげぇよ。
「上杉、見た? 私、すごい?」
「ああ、もう最っ高だよ! 野神!」
「じゃあ上杉、ご褒美ちょうだい。とびっきりのご褒美」
きらきらした笑顔、期待で満ちたまなざしが俺に向く。
まあ、やっぱりこうなるよな。
予想していたとはいえ、やはり彼女のこの顔にはかなわねぇ……
「お前が好きなの、何でもおごってやる。まわろーぜ、文化祭」
(つづく!!)
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