Action.4 初デート

彼女ができた。

その言葉を言った時、二人は驚いていた。

それでも昴は、おめでとうと微笑んでくれた。

一応北斗も、恨めしそうながらに祝福してくれたが。


そんなこんなで、難なく約束の時間を迎えることができた今。

正直引き止めて欲しかった、とも思ってしまう自分がいる。

なにせ、付き合ってから初めて二人きりで過ごす時間なのだ。

今までも二人きりってのはあったってのに……意識するだけでこんなに変わるものか?


「お待たせ」


「おう、じゃあいく……」


いいかけて止まったのは、彼女が私服だったからだろうか。

お昼まで講義がある、そう話していたからてっきり制服で出かけると思っていたのだが……

茶色のチェック柄のワンピースに、丸い襟のブラウスが顔を覗かせている。

ハーフアップ状だった髪は、軽くパーマがかかっていて……


「おま……私服で来るなら来るっていえよ……俺だけ制服だと目立つじゃねーか」


「制服だと、気分下がるのよ。たまたま講義が早く終わったから、着替えてきたの」


「たまたま、ねぇ……」


「……何? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれる?」


無愛想な態度、ぶっきらぼうな口ぶり。

こういうところは、出会った頃とちっとも変わっていない。

こいつのこう言う態度は、相変わらずだ。

正直気に入らないことの方が多かった。

付き合う前まで、の話だが。


おそらく講義が早く終わったというのも、気分が下がるというのも嘘。

俺に会うために、わざわざおしゃれしてきたことくらい、彼女を見てきた今ならわかる。

こんなことされて、嬉しくない奴なんていないよな……


「ま、いんじゃねーの? 似合ってる」


「……そんなの、当たり前でしょ」


「褒めたんだから少しは喜べよ……まあ、それもお前らしいか」


「どういう意味よ」


「行く予定だったとこに行ってもいいが、どうする? 行きたいところとかあるなら……」


「この近くに、私が行きつけのカフェがあるの。そこでもいいかしら?」


さすが女子、と言ったところか。

わかった、と返事をし、彼女が案内してくれるのを待つ。

しかし、なぜか彼女は一向に動こうとしない。

耐えきれず俺は、


「どうした? いかねぇの?」


と彼女に聞いてしまう。

それがいけなかったのか、なぜか呆れたようなため息をついて……


「上杉君。男性と女性がプライベートで約束をして会うことを、デートというの」


「お、おう」


「つまりこれは、デートと言えるものだと私は思っているわ」


「な、なんだよ、改まってどうした?」


「仮にもあなたは彼氏でしょ? 私が何を求めているか……わかるまで私、動かないから」


また拗ねたように、ぷいっと顔を逸らす。

心なしか、荷物を持っていない右手が、不器用に動いているように見える。

その動作に俺は、ようやく言いたいことを理解し……


「……あー、そーいう……お前さぁ……そういうことは口で直接言えよ。俺だって初めてだってこと、忘れてね?」


「知らないわね、そんなこと」


「ほんっと素直じゃねえな……じゃ、いくか」


そう言いながら、自分の片手を差し出してみせる。

どこか緊張したような顔つきを浮かべながらも、輝夜はそっと俺の手を握り返してみせた。



着いたのは、大学の近くにある喫茶店だった。

夜になると酒の提供をすることから、よくうちの生徒が来ているのを目にしたことがある。

お昼時は学食もあるせいなのか、人がいないようだったが。


レコードで流された雰囲気ある音楽、本格的に焙煎されたコーヒー……もはや、自分がここにいること自体が場違い感半端ない。

見るからに紳士淑女っぽい人しか来てねぇし……

その中で輝夜は、慣れたように紅茶を頼み、慣れたようにすする。

さすが、というべきかなんなのか……


「……何? 辺りを見渡して。少しは落ち着いたら?」


「いや……なんか居心地悪くて……お前、よくこんな大人な店を行きつけにできるよな」


「行きつけのカフェくらい、女子なら誰でもあると思うけど。あなたはないの?」


「ハンバーガーとか、ラーメンとかなら……でもお前、そういうの食べなさそうだよな。健康に悪そう、とかで」


「まあ、好んで食べには行かないけど……好きよ、ラーメンも」


真っ直ぐとした瞳が、またこちらを向く。

この瞳がどうも俺は苦手だ。

目を合わせるだけで、どうも胸がざわつく気がして。

やっぱこいつ、前と全然印象変わってねぇか? 付き合うってなると、こうも変わるものなのか……


「でも一番は、ここのモンブランね。結構オススメなの」


「へぇ、だったらお前も頼めばよかったのに。なんで俺用に一個だけ頼んで、お前は紅茶だけ……」


「ん」


俺の言葉を遮るように、彼女は口を少し開けてみせる。

これは……ひょっとして、ひょっとする……のか?


恐れながらもスプーンに一口分乗せると、そうっと彼女の口へと運ぶ。

髪を耳にかきあげながら、彼女はそれを躊躇することなく食べてしまう。

その仕草が、動作が、絵になるくらい綺麗で……


「そのスプーン、かえないでちゃんと使ってね」


そういうと、すぐに彼女は紅茶に手を伸ばし、俺から目線を逸らす。


こんな顔を、するような奴だっただろうか。

照れたように高揚する頬が、いつにも増していじらしくみえて……


「まさかお前、最初からこれが目的で紅茶しか頼まなかったのか? ははっ、わかりづれっ」


「言わなきゃわからないあなたのほうがどうかしてると思うけど」


「へーへー、すんませんでした。じゃあ、お詫びにもうひと口いかがですか?」


スプーンにのせたマロンクリームが、照明で輝く。

不機嫌そうにしながらも彼女はゆっくりと、その上に乗ったケーキを食べてくれたのだった。


(つづく!!)

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