Action.2 杓璃祭 後編
「……はぁ、モデルやってるだけで、どこにいても人が集まるわね。念のため、色々用意しておいて正解だったわ」
金色の髪を、いじりながら彼女ははあっとため息をつく。
数分後、着替えるからといってトイレから出てきたのは、不釣り合いなメガネをした輝夜だった。
ポニーテール状だったヘアスタイルも、なぜかみつあみになっていて、どこから借りてきたのかうちの制服ではないものまで身にまとっている。
まるで他校の女子大生を装っているようで、完全に別人に思えた。
「どう? これなら、私だって気づかないでしょ?」
「いや金髪のままだと余計に目立つだろ。せめてづら被れよ」
「私、かつら嫌いなの。お腹がすいたから、出店から回ってもいい?」
彼女の提案通り、俺はパンフレットを見ながら出店がある広場へと足を進める。
サークルごとで出している店は、ホットドックやりんご飴などのお祭りを思わせるものや、チュロスやクレープなど文化祭ならではの物を売っているものもあった。
お昼時のせいなのか、どこも人がいっぱいで。にぎわっていて。
その中を歩く彼女はやはり一際目立っていて、すれ違う人はみな彼女に声をかけてしまうようでー
「はい、お姉さんかわいいから大サービス! 一個おまけしちゃうよ☆」
「ありがとうございます」
「君、まじでかわいいね? どこの大学? よかったらオレ、案内しようか?」
同じ大学の生徒でも、誰も輝夜だとは気づいていない。
にも関わらず、彼女は男女問わず声をかけられていた。
一緒にいる俺なんて、見てもないように。
……あれ、もしかして俺邪魔じゃね??
このまま人ごみに紛れていなくなったほうが、こいつにはいいんじゃ……
「結構です。私、彼と回るので」
彼女の手が、俺の手と重なる。
行くわよ、とばかりに引っ張る彼女はまるで逃がさない、とでも言わんばかりに力を強めてくる。
……やはりかなわないな。
とはいえそれもそれで困る俺は、なんとかしようととっさに目に入ったものを口にして……
「そ、そーだ輝夜! あそこでお化け屋敷やってんだって! そこいかね!?」
さりげなく言った、つもりだった。
すると彼女の足がぴたりと止まるが否や、くるっと振り返り、
「……は?」
と低い声で俺を睨みつけた。
同時に、中からたくさんの悲鳴が聞こえる。
別に俺自身、ホラーは苦手じゃないしむしろ得意だ。
行ってみたい、なんて軽いノリでチェックしていた俺にとって、彼女の反応は予想外すぎて……
「あなたって本当デリカシーがないのね。女子相手に、お化け屋敷を誘うなんて」
「いやでも、女子でホラー好きな奴だっているだろ。それとも輝夜は、こういうの苦手か?」
「はぁ? そんなわけないじゃない」
いつものように強気で腕を組む彼女の姿に、どこか違和感を感じる。
これは……もしかして、もしかするんじゃないか?
「ふうん、じゃあいいじゃん。行こうぜ」
「え、ええ」
彼女の様子を気にしながらも、俺は先陣を切って中に入ってゆく。
思った以上に暗い室内の中、渡された懐中電灯をつけようとすると……
「ちょ、ちょっと電気これだけ? 少し暗すぎるんじゃない?」
聞き慣れない声がする。
その声が輝夜だと把握するのに、時間がかかった。
いつも以上に近い距離になっている気がするも、俺は平然を装う。
「そうか? 普通だろ、これくらい」
「ま、待って。先行かないでよ」
「じゃあお前が先行けばいいだろ~」
「そ……そうじゃなくて……」
余裕ばっかいて話している最中、バッと横からお化けに扮装した人が出てくる。
あまりのことにちょっと驚いた俺だが、さほど怖くなかった。
「きゃぁっ!?」
そんなことを思った瞬間、だった。
柔らかい感触が、腕に絡まる。
恐る恐る目線を移すと、やはりそれは輝夜の胸だった。
突っ込もうとしたのもつかの間、彼女はかなりの力で俺の腕を握りしめていて……
「いたたたたた!! お前っ、力込めすぎ!!」
「もう嫌……私帰る!」
「まだ入ったばっかだろ!? やっぱ苦手なんじゃねぇか!」
「し、仕方ないでしょ! あなたが入りたいっていうから……!」
彼女の言葉に重なるように、コウモリの鳴き声まで聞こえてくる。
悲鳴を上げる彼女は、再び俺にしがみついてきた。
震える手。目に浮かぶ涙。
やっぱりだ、こいつは怖いものが苦手らしい。
これならいつも強く、えらそ~~にしている輝夜の上に立てるかもしれない!
……と思わず無理を押し切って入ったが。
正直、想像以上の破壊力だ。
助けを求めるようにしがみつく彼女はまるで小動物のようで、とても可愛くみえて……
……って違う! 可愛いってなんだよ!
こいつはいつも上からで、傲慢で、生意気なことしかいわないムカつく奴なはず……!
「……その手、しっかりつかんでろ。俺が、守ってやるから」
それでも俺は、彼女の手を強く握る。
少しでも、俺ができることをしようと。
怖がる彼女を支えるように、俺は出口へと向かった。
「おーい輝夜、飲み物買ってきたぞ~? 少しは落ち着いたか?」
わいわいはしゃぐ声が、向こうで聞こえる。
そんな中、俺は体育館裏に来ていた。
というのも無事に脱出できた輝夜が、ここで休みたいと俺に頼んできたからである。
うちの生徒の休憩用に、いくつかベンチが設けられたり、講義室が開放されている。
ここも、その一つなのだが場所が場所だからか、人目につかないしすき好んでくるような場所ではない。
よって俺と輝夜の二人だけだ。
なぜ彼女がここを指定してきたのか、よくはわからない。
周囲に誰もいないことを確認しながらそっと隣に腰かけるも、彼女は膝に顔をうずめたまま重たい口を開く。
「散々な目にあったわ……」
「お前なー、苦手なら入る前に言えよ。本当素直じゃねーよな」
「あなたにだけは言われたくないわ。私は輝夜聡寧よ。苦手なものなんてない、完璧な読者モデルと言われてる私が、そんな真似……」
「料理もできない奴が、ねぇ~」
「……いい加減にしないと怒るわよ」
むすっとふくらんだ頬をこちらに向ける彼女は、やはり新鮮だ。
少しだけ彼女のことを知れたようで、嬉しくなってしまう自分がいる。
どうにか機嫌を直してもらおうと、買ってきたものを目の前に差し出す。
「まあまあ、これでも飲んで機嫌直してくれよ」
「……よくわかったわね。私がこの紅茶が好きだって」
「そりゃ、半年も一緒にいればな」
「……ねえ、覚えてる? ここだったわよね。あなたと私が、初めて会ったの」
そういわれ、なんとなく思い出してしまう。
言われてみれば、俺はここで彼女に告白された。
とはいっても、嘘の告白だったが。
今思い出してもいい思いはしないし、なんだったんだと怒りさえわいてくるが……
「まあ、忘れたくても忘れられねーからな。正直思い出したくもねーけど」
「そうかしら? 私の告白があったから、こうして今も話しているのよ。むしろ感謝してほしいくらいだわ」
「お前って本当そういうとこ……まあ確かに、きっかけは噓でも、お前とつるめたことは悪くなかった、かな。普通に楽しかったし」
出会って半年、なのにまだ知らないことばかりだ。
思えばこいつから、何もかも始まったことに感慨深ささえ感じる。
知ることも、出会うことすらなかった彼女。
今こうして隣にいることができるのもあと、どれくらいなのだろうかー……
「……でも、いつかは終わる……んだよな、こんな楽しい日常も……終わりたくねーな」
「だったら、終わりにしなきゃいいじゃない」
「あ? どうやって」
「私があなたと付き合えばいいの、簡単でしょ?」
その言葉に、思わず目を見開く。
すると輝夜はすくっと立ち上がり、みつあみをほどき、眼鏡を取ってみせた。
「お前……何言ってんだ……? あの告白は嘘だって……」
「鈍い人ね。それも嘘よ」
「はぁ!!?」
「そもそもあなたが悪いんじゃない。人の告白を嘘扱いして。おかげでこんなに時間がかかったわ」
「いや、だって、今までずっと協力して……わかりづらすぎだろ……」
「あなたこそ、どうして私を選んだの? 少なくとも私には、その気があるとしか思えないのだけど?」
金色の髪が、風でたなびく。
勝ち誇ったように笑う姿、凛としたたたずまい。
あの時と、同じだ。
けれどその言葉に、嘘も偽りも感じない。
共に過ごしてきたからこそ、不器用すぎる彼女故の言葉だと、気づけているからー……
自分でも、とっくに気付いていた。
彼女のところにきた、その理由に。
それを認めてしまうと、あの日のことを後悔してしまいそうで、見ないふりをしようとしてきたが……もう、意味ないみたいだな。
「わかってるくせにいわせんなよ…… まあなんだ、一緒にいたいって思うくらいには、好き……ってことなんだと思う。悪かったな、あの時突っ放して」
「……人をこんなに待たせておいて、まだ一緒にいたい程度なの? なら、私のこと本当に好きにしてあげる。あなたが他の女なんて目に入らないくらい、ね」
彼女が、手を差し伸べる。
はにかむように笑う彼女の笑顔は、いつになくきれいで美しくて。
その手を包み込むように、俺も手を重ねる。
そうしてまた一つ、俺と輝夜聡寧の関係が変わった瞬間だった。
(つづく!!)
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