「主よ、この恵みに感謝します」

「「「感謝します」」」

「神よ、我が罪をお許し下さい」

「「「お許し下さい」」」


 一通りの説法と祈りが終われば、食卓を囲んで食事が始まる


「んで、リースの奴がさー」

「今日はシャルルさんの家の娘さんの結婚が――」

「ねー! にんじん入ってるー!」

「ちゃんと食べなさい。ほら、こぽしてるじゃない」


 思い思いに話し、動き、食べ、笑う光景は、一見無秩序で、それでいて一つの流れ、確かな繋がり。各所に繋がれた何本もの糸がそれぞれ動く事で、ただの人形に生命を吹き込むような……


「気分が悪いのかね? メオの事なら心配要らないよ。起きないのは麻酔が効いてるだけだ」


 食事に手をつけようとしないリーデルを心配して、隣のバロークス神父が声を掛けてくれる。メオの事が心配だと解釈したようだ。 

 リーデルは敢えて訂正はせずに尋ねた。


「……バロークス神父は、医者だったんですか?」

「いや、医者として商売してはこなかったよ。必要だったから身に付けた知識を活用してるだけさ。この街にはお金が無くて治療を受けられない人達も居るからね」

「じゃあ普段は聖職を?」

「ああ、街の冠婚葬祭に呼ばれたり、告解を受けたり」

「……じゃあ、僕の告解も聞いてもらえますか?」

「勿論だ。明日にでも街の教会に案内しよう」

「いえ、今、この場で聞いて頂きたいのです」

「今…かね?」

「はい」


 バロークスは多少驚いた表情をして、こちらを見た後周りの人達を見る。

 不穏な空気を感じ取ったのか、いつの間にか周囲は静まり返り、全員がリーデルに注目していた。それを待ってから口を開く。


「……僕は人を殺してきました。何十人、いや、もう百は超えているでしょう」


 実際に手を下していたのはターヴィだが、そんなのは関係無い。

 求めたのは断絶と拒絶。

 お前はここに居てはいけない。

 お前はこの世界の住人では無いのだと。


「……」


 誰も声を上げない。暫くの静寂の後、バロークスから口を開いた。


「……理由を聞いても良いかね?」

「主に生きる為、ですが自分の意思です。そして、メオは一切関わっていません」

「……そうか」


 何を言ってくるのか? 何を言われても立ち去るつもりだった。

 これで良い。ただの気の迷いだ。


{メオはどうなるかな? まあどうでも良いか}


 そうして立ち上がりかけた所で先程の決意とは裏腹に止まってしまった。それほどバロークスの言葉が予想外だったからだ。


「私も君と同じだ」

「…っ!? それは、どういう?」

「……正義の為、正しき信仰の為、愛する家族と仲間の為、どんな大義名分があっても結局、罪は罪だ。斬り伏せた相手の亡き骸に泣いて縋りつく幼子を目の前にするまで、そんな簡単な事に気づけなかった。過去の私は……余りにも愚かだった」


 突然語られる事実……なんだこれは? 慰め? 同情?

 いや違う、これは、バロークスの告解だ。

 意識せず口が開いていた。


「……その子は、今どこに?」


 バロークスは答えない。ただ、その視線の先でシスター・バローロがバロークスと同じ位に悲しげな瞳をこちらに向けていた。


「お兄ちゃん」


 そして、声のした方を向けば、三人の子とターヴィがすぐ横に立っていた。怯えた様子など微塵も無く。

 ビニャは抱えていたターヴィをこちらに差し出す。


「お兄ちゃん。この子、返すね」

「……良いの?」

「うん、この子、凄く寂しそうだから」


 そう言われてターヴィを受け取れば、俺とターヴィに能力が戻ってきたのが感覚で分かる。

 ターヴィの方は動けなくなると言っても感覚は無くならないので、今どういう状況かは言わずとも把握している。そのまま動かないターヴィを肩に乗せた。


「ありがとう」

「リーデル。君たちさえ良ければ、ここでずっと暮らさないか?」


 今度は背中から、全く予想していなかった態度と返答と申し出。


「私も、いや、ここに居る誰もが君を受け入れる。君の原罪の許しを一緒に請おう。それでもし神が許してくれなかったとしても……」

「……くれなかったしても?」

「私が君を許す」


 直後のバローロによる抱擁。いや、それは包容と言って良いものだった。

 

{そうか……俺は……この場所を探していたんだ}


 そこには恐怖も、拒絶も、裁きも、強者と弱者の理も無い。




 今、この空間に在るのは、『愛』だけだった。

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