5-1


 礼拝堂、懺悔室、祭壇と、一応は教会だった事が分かるだけの形を保ってはいるが、今やそこは孤児院、と言うより子供達の秘密基地の様になっていた。

 そこかしこに手作りと思われる玩具や、ある意味で芸術的価値が高いかもしれない絵が壁に貼ってあって、長椅子には聖書かと思いきや絵本や童話集が置いてある。

 やけに明るいと思ったのは窓ではなく壁の一部が崩れているからだ。


「昔は教会がここしか無かったからね。今は南と北で市壁内に大きなのが建ったから、皆そっちに行くの。私も仕事は殆どそっち」


 修道女は亜麻色に波打つ短髪を曝け出して、窮屈な修道服を自室で脱ぎ捨てた。長身に引き締まった背中、豪胆な顔つき、窮屈な縛りから解放されて喜んでいるかの様に弾む胸の膨らみは周りの景色もあって、あっという間に静粛な雰囲気から、大所帯の屋台骨を背負う快活な母親へと変わる。


「私はバローロ。坊や、名前は?」

「あ、リーデル、です」

「リーデル君ね。で、その子は?」

「その子?」

「肩に乗ってる子」

「……ああ、ターヴィです。いてっ」


 指摘されて初めてそこに居た事に気付いたかの様な反応をしてしまい、気づかれないように髪を引っ張られた。バローロからの視線は苦笑いで誤魔化す。

 そこで、治療に当たっていた神父が部屋に入ってくる。


「バロークス神父。どうですか? あの子」

「ああ、大した事無いよ。馬にぶつかった訳じゃなくて、避けようとして転んで頭を打ったんだろう。後は左手にヒビが入ってるくらいだな。二週間もすれば治るさ」

「良かった。バロークス神父は元お医者様だからね、もう大丈夫だよ」


 立派な髭が胸まで伸びているものの、頭頂部はからっきしな老紳士が答える。聞いたのはバローロなのにこちらを向いて言った。心配していると思って安心させようとしたのだろう、更にバローロもフォローを入れる。バロークスは続けて聞いた。


「親はどこに居るんだい? 事情を説明しに行った方が良いんじゃないのかね?」

「……親は居ません。二人で旅をしてきました」

「ふむ……どこか泊まる当ては?」

「いえ、此処には来たばかりなので」

「じゃあ治るまでここで暮らしたら良い」

「…ええ!?」


 こちらの事情を追求するでもなく、いきなりそんな申し出をしてくる。確かに泊まる場所が無いのは事実だが……。こういう展開に慣れているのか?


「いや、でも僕らお金無いし」

「なに、君が二人分働いてくれれば問題無いさ、ははは!」

「えぇ……」


 そう言って快活に笑うこの紳士は、人は慈悲だけでは生きていけない事を分かっているようだ。


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