最終話 光の向こうへ…


 変わり者のゴブリン…同族からも変な奴だと思われていた。


 まだ幼い頃…他のゴブリンを近付かせることなく蹂躙した者を見た、その者は何か長い物を持っていた気がする。




 


 幼いゴブリンはその光景が忘れられなかった。

 恐怖よりも…その長い棒を手足の様に扱う様に…憧れた。

 思う…自分もあんな事が出来るようになるだろうか?






 幼いゴブリンは木の棒を持って真似をした、最初は見るに耐えないものであった。

 まるで子供が遊んでるようにしか見えず…同族からも笑われた。



 それでも…彼は続けた。






 ある日、運悪く巣に入ってきた冒険者が、あの日見た長い棒を持っていた。

 彼は喜んだ、これで更に近付ける…と。

 毎日、毎日…欠かさず訓練をした。

 独学と一度だけ見た槍さばきを頼りに…彼は腕を磨く。


 






 いつしか…その動きに切れと鋭さが生まれ。

 それが更に昇華され技と技術になった………。

 彼は知らない…その努力によって身に付けた名前を。








 槍術……彼が身に付けた、技の名前である。






















































 




































 「ギィ…!? ギギァ!?」




 実は道具を使うゴブリンは珍しく無い、ゴブリンも棍棒や冒険者から奪った武器を使う事がある。

 だが、それはあくまでも使っているだけだ。

 刃物はあくまでも刃物としてでしか使えない。



 彼は違う……彼は槍を使




 「グガァァァァァ!!」

 「ギィぃ!?」




 怒り狂い槍を振り回す、しかし…乱暴に見えてその槍の動きは長年の研鑽の末…荒々しさと精確さを併せ持っていた。

 普通のゴブリンであれば、槍は突き刺す事しかしない、いや…出来ないのだ。


 


 ゴッッ!!!




 「ぎぃぃぁあ!?」




 槍の穂先では無く、反対の石突で彼女と一番近くに居たゴブリンの顔面を叩く。

 彼は突き刺すだけでなく、薙ぎ払う、叩く、と槍という武器を十全に使いこなす。




 「グガァ…」

 「……………………ぅ……あ…」




 彼女の姿が…どうして? 


 少し前まで、ぎこち無いながらも笑顔を向けてくれていたのに…。

 顔は痛々しく腫れ上がり血塗れになり、身体にも多数の暴行の後が…。


 自分が側を離れたばかりに……。


 彼は産まれてから感じた事の無い怒りと…絶望を感じていた。


 


 「グガァ…」




 誰だ? 彼女を傷付けたのは…?

 彼の瞳が他のゴブリン達を射貫く…。

 ゴブリン達は動揺し恐怖した、これは単なる仲間内の小競り合いなんかじゃない。

 殺される、コイツは殺す気だと繁殖場に居る全てのゴブリンが明確に感じた。




 「ギ……ギギァァァァァァ!!!」


 「ガァァァァァァァ!!!」


 「ゴギァァァゴガァ!!!」




 ゴブリン達は殺意を受け、生存本能が刺激された。

 たかが一匹、コチラは何倍も居るのだ負ける訳が無い。

 逆にこのゴブリンを殺してやると声を荒げる。


 


 「………………………。」




 彼は荒れ狂う怒りを抑え…いや、それすら呑み込み、いつも通り…ゆっくりと槍を構える。

 そして…気付く、彼女をここから逃さなければと。

 ここは…………彼女の居場所じゃないのだと…。



 何故、涙が出るのか分からない。



 彼には複雑過ぎて分からないのだ…だが感じてはいる、自分は彼女と一緒に居られないのだと。


 それが…悲しくて、悲しくて…どうしようもなく胸を締め付ける。




 「グガァ!」




 だが、それでもいい。


 彼女がそれで生きてくれるなら…。

 その為にも…彼は守らなくてはいけない。

 後ろに居る今にも消えそうな命を…もうこれ以上傷付けさせない為に彼は戦うのだ。








 本来、ゴブリンには必要のない感情。


 どうして彼がそれを持ってしまったのかは誰にも分からない。

 異種交配を続けた弊害なのか…それとも神の気まぐれか?






 ゴブリンでありながらゴブリンとも人とも言えぬ“化物”。




 




 愛を知った化物は一人の女性を…………愛してしまった。

 それはきっと、叶わぬ愛なのだろう。

 彼が報われる事は無い…決して…。






 それでも…槍を振るう…。







 ただ……貴方を守りたいから…。
































































































































 (………ん…つ、冷たい…?)




 身体に何か液体を掛けられているの感じ、彼女は目覚める。

 駆け出しとはいえ冒険者、現状を把握しようと頭を働かせる。




 (確か…私、襲われ…ひっ)




 思い出す…脳裏に焼き付けられた恐怖の記憶。

 どれだけ足掻いても抜け出せ無い絶望、蹂躙される絶望。

 二度としたくない体験がフラッシュバックとなり彼女を襲う。




 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」




 ほぼ身体が反射で防御をする、脚を畳みなるべく小さく両手は頭を抱えるように。




 「殴らないでぇ! やめてやめてごめんなさいぃぃ…う…ぅぅ……!」




 完全にトラウマとなり、彼女の心は恐怖で支配される。

 誰に言っているのか…謝罪の言葉を繰り返し続けた。

 あの殴られた感触が忘れられない…今でも鮮明に思い出せる。



 だが……いくら待っても痛みは来ない。




 「………!?……………?」




 目は覚めたが、恐怖のあまり直ぐに目を閉じてしまったので自分が今、どうなっているのかも把握出来ていない。


 流石におかしいと思い目を恐る恐る開ける。


 すると……。




 「グ…がぁ…」

 「ひぃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」




 自分の顔を覗き込むゴブリンが居た。

 再び彼女は身体を震わせ命乞いをする。




 「ころさないでっ…おねがぃします……おねがいします…もういたいことしないでっ」




 だが…やはりおかしい。


 待てども待てども痛みどころか…何もしてこない。

 彼女は勇気を振り絞り…再度周りを確かめる。




 「……ど、どこ? …わ、私…………?」




 異変に気付く…何故、何故自分は喋れているのか?

 顔はゴブリンに原型が無くなる程殴られた筈なのに…。

 そういえば身体の痛みも和らいでいるような。




 (どうして傷が…? もしかして…)




 彼女は自分の股に手を宛てがい確かめる…だが予想は外れた。

 もしかしたら…事が済んだ為に傷の手当をされたのではと思ったのだ。

 どうしても整理がつかない…何故自分は無事なのかと…。

 だから気を失う前の最後の記憶を手繰り寄せる。




 (確か……犯されそうになって、それから……大きな声が聞こえた様な、それに…)




 誰かの背中を見た気がする…。


 そこまで思い出すと…彼女は目の前に居る存在を思い出した。

 そうだ…ここにはゴブリンが居た。


 頭が混乱していた為に最も重要な事を忘れていた。




 「グガァ…」

 「ひっ…!?」




 もう、ゴブリンというだけで彼女には耐え難いのだが。

 目の前ゴブリンには見覚えがあった。

 ゴブリンの足元には見慣れた槍が落ちていたのだ。




 「あ…貴方……あのゴブリン…さん? よね?」


 「グガァ…」




 そう…彼女の前に居るゴブリンは…待ち望んでいた槍のゴブリン。

 しかし…そうと分かると、彼女の心には安心と…沸々と湧き上がる怒りがあった。




 「助けてくれたんだ………なら、もっと……もっと!! 早く来なさいよ!!!!?」


 「グガァ……」




 お前がもっと早く来ればあんな目には遭わなかった。


 


 「このっ!!…役立たず!? わ、私がどうしてあんな…あんなっ!? あんたのせいよ!! 」




 言葉が詰まる…どうしても言いたかった、言わずには居られなかった。




 「やっぱりゴブリンはゴブリンよ!! 気持ち悪い臭い! 何であんたみたいなのが産まれてくるのよ!?」




 分かっている…本当は素直に礼を言いたいのだ。


 たが…どうせ言葉も通じ無いゴブリン、あれ程の体験をした彼女にとって体よく感情をぶつける相手として丁度良かった。


 


 「ゴブリンなんて! この世から居なくなればいいのよ!!!?」




 これは…紛れもない彼女の本心だ。


 聖人ですら彼女が味わった痛みと恐怖を知れば同じ事を言うだろう。

 恐らく彼女は一生掛かっても癒えない心の傷を負ったのだ。



 ゴブリンの巣から運良く救出された女は例外無く同じ傷を負う。


 立ち直れる者などほとんど居ない。


 彼女の場合は他の被害者に比べれば救いはある方だが…だからといってゴブリンに対する恐怖と恨みは計り知れない。




 「はぁ………はぁ………はぁ………」




 傷も治ったばかり…そんな状態で大声を出したせいか、暫く彼女の息は荒く乱れていた。


 何とか持ち直そうと…深く深呼吸をする。


 やっと落ち着くと…僅かばかりの恐怖と怨嗟の籠もった瞳を、槍のゴブリン目掛けてぶつける。




 (何で私を助けたのかは知らないけど…都合が良いわ。 この、おかしなゴブリンを利用してここから出……………)




 頭に氷水をかけられたかのように冷たい何かが流れる感覚。

 暗闇に目が慣れ…槍のゴブリンの顔がハッキリと見えるようになった。

 だが……彼女はもっと深く、別の事に気付いた。



 ありえない……そんな事があるはずがない。




 道具を扱う程度の知能しか持たない筈のゴブリン……。

 先程の言葉の意味なぞ分かる訳が無かった…。



 その筈なのに………。




 「グガ…………グガァ……………」


 


 槍のゴブリンは…悲しそうに言葉を発した。



 正確な意味は分からずとも何と無く彼女の言いたい事…伝えたいことが、彼には分かってしまった。

 そして…彼女も槍のゴブリンが…まるで謝っているかのように感じていた。



 だからこそ…罪悪感を覚える。




 「あ…その…、違うの………貴方に、言った訳じゃ無くて…」




 思わず…言い訳をした。


 自分が一番分かっている…先程の言葉に嘘偽りは何一つない。

 だが……槍のゴブリンの…彼のあんな悲しい顔を見てしまった。




 「……?………え…? 嘘…うそ…やめてよ…どうしてっ」




 更に目が慣れ…彼女は見てしまった。



 槍のゴブリンの、おびただしい数の傷を…。

 左腕はダラリと垂れ下がり一切動かない。

 身体中に噛み跡、切り傷、痣、刺し傷など…無事な所を探す方が難しかった。

 それは…倒れ意識が無い自分を庇いながら戦った、そうだとしか思え無い傷であった。




 ぽた……ぽたっ……




 「あ、あぁ…どうしよう…!? どうしよう!?」




 槍のゴブリンの足元には血が垂れ、血溜まりを作っていた。

 どう見ても致命傷を受けている。


 それなのに……。




 「どうしてっ…!? 何で私にポーションを使ったのよ!!?」




 彼女の周りや、彼の足元には殻の小瓶が多数転がっていた。

 それは冒険者から奪ったものであった。

 彼は何とか彼女をここまで運び、ありったけのポーションを振り掛けたのだ。

 これが傷を治す物だと知っていたから。

 彼女は聞かずには居られなかった…どうして…。




 「何でっ!……何で自分に使わないのよ…!? どうして私だけに…」




 彼女の傷は深く、ある分のポーションを全て使わねば到底完治させることは出来なかった。

 それでもある程度回復させて自分に使う手もあった筈だ。



 彼がそれをしなかった理由は唯一。




 「グ…がぁ…?」

 「…え? …どうしたの?」




 彼は動く右腕を使い、彼女に触れる。


 それは、とても優しく…優しく彼女の身体を確かめるように触れた。

 その意味を理解し…彼女の目からは涙が滲み……溢れた。




 「ごめんなさい……だぃじょうぶ…ぅぅ…もう、どこも痛くないから。 だから…心配しなくても良いんだよ…」


 「グガァ……」




 彼女が言うと…彼は手を引いた。

 良かったぁ…そう言った気がしてならない。



 この瞬間、彼女は理解した…このゴブリンは、自分を戦利品として扱ってい無かった。




 寧ろ…。




 「ずっと………?」




 気付くタイミングは幾らでもあった筈だ。



 だが、ゴブリンが優しさを持って接するなど…想像もしていなかった。

 今になって、ようやく彼女はその優しさに気付けた。




 「ごめんなさい…どうして貴方が私をそんなに守ってくれるのか、私には分からないの…」




 しかし…一番伝わって欲しいものが伝わらない。

 それも無理はない…当の本人ですら、その何故かは理解していないのだから。




 「グガァ…」

 「…どうしたの?」




 彼は…彼女の手を引く、何処かに向かうようだ。



 槍を拾い…いや、その前に毛皮を拾った…特にゴブリンに女性を裸のままでいさせる事に苦痛な者は居ない、彼も例外ではなく。


 ただ…寒そうにしているから…そんな理由で毛皮を渡したのだ。

 彼女は毛皮を受け取り羽織る。


 


 (暖かい……本当に何で気付かなかったんだろう…こんなにも優しいのに……)


 


 暗い洞窟を進む…恐怖は無かった。


 彼女の前には頼りになる彼が居るから…不思議と安心した。




 「うっ…」

 「グッ…がぁ?」

 「ううん…何でもないよ…」




 道中…戦闘の激しさを訴えるように、そこら中にゴブリンの死体があった。

 どれも鋭い刺し傷が付いており…当然、彼がやったのだろう。


 暫く進むと………薄っすらと明かりが見えてきた。




 「あ…あぁ!?」




 今までの人生、幾度も目にしたはずの光。


 たった数日見なかっただけで…これ程感動してしまう。

 あれは日の光……そう、洞窟の出口が目と鼻の先にあった。

 今日何度目の涙だろうか、溢れる涙を拭い彼女は真っ直ぐに進む。




 「出られる…嘘みたい…やっと…やっと」




 彼女の様子を見れば、やっぱり正しかったと彼は思う。

 やっぱり…ここは彼女が居ていい場所じゃ無かったんだ。

 一抹の寂しさが彼の胸に吹く、それも一瞬で過ぎ去る。




 まだ……まだ、




 「………………?」




 光に向け歩みを進める彼女は、ふと後ろを振り返る。

 彼は…その場で立ち止まったまま少しも前に進んで居なかった。 




 「ほ、ほら行こう!? もう少しで出られるんだよ!?」




 彼女にとって、このゴブリンは恩人なのだ…。


 もう充分理解した、違うのだ…彼は他のゴブリンとは違う…だから一緒に逃げると疑わなかった。




 「グッ…ガぁ…」

 「…!…分かんない…わかんないよ!? 早くこっちに来て! 一緒に逃げようよ!!?」




 彼は…それでも動かない。



 光の方を指差し…寧ろ彼女を急かすように。


 だが、彼女もここまでしてくれた彼を置いていくことなど出来なかった。

 いっその事、抱えてでも連れ出す。

 そう思い彼の方に戻ろうと足を踏み出すと。




 「…………ギァアガァ!!」


 「ゴガァギ!!」


 「ギャギャギャア!!!」


 


 聞こえた…彼の背後、真っ暗な闇から…不快を音にしたかのような声が。

 距離は、まだそこまで近くではないのだろう。

 それでも…ここに来ようとしているのは感じる。



 今直ぐにでも逃げなければ。



 彼女のトラウマは…もう、これ以上彼に近付くことを許さなかった。




 「…ぁ…ぁ…あ…は、早く…行こう? ねぇ…! 早く!!」




 身体を震わせ、歯もガチガチと音を立てながらも彼女は逃げ出そうとする脚を何とか我慢する。



 だって…彼が動こうとしないから…置いては行けない。

 そんな彼女を見て…彼は、とても嬉しかった。




 「グガァ」

 「……!?」




 彼は、光に背を向ける…眼前に広がる闇の前に立ちはだかる様に。

 その行動の意味が分からない彼女では無かった。

 既に致命傷…今も血が止まらず、ポタポタと垂れている。



 それに、傷は治しても体力が戻っていない彼女では…外に出たとしても追手に追い付かれてしまう。



 たから……時間を稼がねば…。




 「ねぇ…大丈夫だよ? 一緒に行こう?…きっと…きっと二人で逃げれるよぅ…」




 彼女も諦め切れない。


 見捨てる事なんて出来なかった。

 どうしても決心が付かない彼女に…彼は、ゆっくりと槍を向ける。




 「グガァ! グガァァァァ!!」




 まるで…ただのゴブリンの様に威嚇する。



 しかし、そこに殺意や敵意なぞ…欠片も感じられなかった。


 


 「…ふ……ぐぅ…だってっ…」




 もう、彼は覚悟を決めたのだ。



 ならば彼女も覚悟を決めなければ…既に背を向けた彼、恐らく振り向く事は無いのだろう。

 到底、ゴブリンでは到達し得ない覚悟が背中を見るだけで伝わる。




 「…っ!」

 「グッ……ガぁ?」




 不意に感じる背後からの優しい衝撃。



 それは…後ろから彼女が、彼に優しく抱き着いたものであった。

 初めてだ…産まれて初めて他者の抱擁を受けた。

 彼の胸に何か暖かいものがじんわりと広がる様な錯覚を引き起こした。


 


 「ありがとう…忘れない…私忘れないから…」


 「グガァ…」


 「迎えに来るわ…何時になるかは分からないけどっ! もう一度会いましょう…。 今度は私が貴方を守ってあげるからっ…だから…だからっ!」




 あぁ…彼は報われた。




 「 お願い、またお礼を言わせて…死んじゃ嫌だよぅ…」


 


 たかが一匹のゴブリンが誰かに生きて欲しいと言われたのだ。

 あらゆる生物の中で…もっとも忌み嫌われた種族である彼が……。



 これ程嬉しい事はない。


 


 「……………行くね…」




 彼女が身体を離すと…先程まで感じていた体温がスッと冷める。

 それが少し寂しい。


 だけど胸は暖かいままだ。


 


 


 彼の耳に彼女の足音が聞こえる…最初は歩く位の速さだが、何かを振り切るように走り始めた。



 遠のく足音……それは、ほんの僅かな後悔か、彼は最期に彼女の背中だけでも見ようと少し振り返る。




 「ぐ…がぁ…」




 思わず声が出てしまった。



 あと少しで彼女の姿は光に包まれ見えなくなるだろう。

 たが、その一瞬…まるで光が彼女を祝福し守っているように降り注ぐ様に…彼は見惚れた。



 もし、彼が言葉を話すことができれば…美しい…そう言ったであろう。


 


 「…………………。」




 そんな幻想的な光景を目に焼き付け。

 彼は顔を前に戻す…そこには、対象的に何処までも黒く広がる闇があった。

 彼女の足音が完全に聞こえなくなると…。



 その代わりと言わんばかりに奴等の声が近付いてくる。






 彼は、いつものように…ゆっくりと槍を構える。

 痛みを我慢すれば左腕も何とか動く。

 ここから後ろには一匹も通さない通してはいけない。

 彼女が安全な所に逃げるまで…時間を稼ぐのだ。

 そうしなければ、また酷い目に遭ってしまう。





 それだけは嫌だ、それだけは許せない。




 「グッ……ガァァァァ!!!」




 闇に向けて走り出す。


 死ぬつもりはない…胸に残る、この暖かさを知ってしまったから。

 だから……もう一度、あれをしてもらいたい。



 抱き締めて欲しい。



 その為にはどうするか…?



 簡単だ、全ての同族を殺せば良い…そうすれば安心して彼女の元に向かえる。












 不思議と力が湧き上がる


 その湧き上がる何かを抑える事なんて出来なかった。

 だから叫ぶのだ…この声が彼女まで届くように。




 「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 
















 愛する者の為に……彼は闇の中に消えた。








































































 これは…人を愛した一匹のゴブリンの御話。

 魔物でありながら人を好きになった彼の生き様…。

 人でも無く…だが、純粋な魔物にもなれなかった化物…。

 決して想いが伝わる事がなくても…彼は貫き通した。


 




 愛する者を守った。














































































 












































































 ここまで読んで頂き感謝を申し上げます。

 如何でしたか? 彼の物語は…悲愛でしょうか?

 そもそも…本当にそれは愛だったのか…?

 きっと…彼にとっては当然の事をしたとしか思わないのでしょう。

 人は感情という複雑な想いが時折、愛という形になります。






 幾ら人に近いと言っても…彼の根底にはゴブリンとしての本能があり…人の愛と全く同じという訳ではない筈です。

 だからこそ彼が、彼女に向けていたものは…人では言葉に出来ない何か…。



 とても純粋で美しい…愛という言葉ですら表せない、心そのものなのかも知れません。














 だからこそ、私は最後に聞きたい。

 決して報われる事もなく、想いすら伝わらなかった。



 それでも…それでも……。
















 化物が人を愛しても良いのでしょうか?




 

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化物が人を愛しても良いのでしょうか? 猫爺 @nekojii

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