第2話 少女とゴブリン
「い、頂きます」
「グッガガギャス」
槍のゴブリンと彼女は…仲良く? ご飯を食べていた。
彼女が食べているのは火がちゃんと中まで通った肉。
槍のゴブリンは血の滴る人間の右腕を骨ごと………いや、やめておこう。
「あっ、美味しい…!?」
数日、ゴブリンの巣で過ごした彼女は驚いた。
最初は自分も恐ろしい目に遭うのだと…覚悟を決め…いや、覚悟等決めていなかった。
他の冒険者と同じく…仲間の根拠のない自信に踊らされ、魔物の巣に乗り込むという馬鹿な事をした冒険者の一人なのだ。
しかし…不思議な事に、今は意外とイケる肉を口にしながら…辺りを見回す余裕さえあるでは無いか…。
何故か?
答えは近くで一緒に食事をしているゴブリンだ。
(…本当に不思議なゴブリン、どうして私だけ…)
他の仲間は全員死んだ、殺したのは他でもない槍のゴブリンだ。
最初は恨んだ…このゴブリンを殺せないかとずっと考えていた彼女だが……。
今では最初よりも大分恨みは少ない……身の危険が無いと分かるや、自分が置かれた状況と…何故そうなったのかを冷静に考えられたからだ。
(どう考えても私達じゃ手に負えない規模の巣だった、はぁ……何であの時、もっと真剣に止めなかったんだろう…ギルドだって危険だって言ってたのに)
大抵、ゴブリンの巣に突っ込む冒険者は情報を疎かにする。
所詮、ゴブリン…幾ら数が居ても敵じゃない。
確かにそうだ…仮に数匹に囲まれても、手傷を覚悟すれば逃げるのは難しく無い。
しかし…わざわざゴブリンに地の利がある巣に向かうのは…愚かとしか言いようが無い。
(それに…このゴブリン、どう見ても他のと違う…)
改めて槍のゴブリンを観察する。
他のゴブリンよりも恵まれた体格、そして知性。
何よりも……あの槍さばき。
(私の仲間は…あっという間に殺されてしまった。 きっと私もそうなるんだと思ったのに…)
彼女達のパーティーが最初に遭遇したのが槍のゴブリンであった。
だが…それは彼女にとっては幸運であった、もし普通のゴブリンであったなら……。
(もしもを考えるのは…やめよう……)
槍を持つゴブリン…勿論、警戒した…。
作戦を決め確実に仕留めようとしたが……。
単純に槍のゴブリンが彼女達のパーティーより強かった、結果を見ればそれだけなのだ。
前衛は槍に翻弄され、実戦経験の乏しさも相まって瞬殺。
続く後衛もまさか撤退の暇も無く殺されるとは……最後に残った彼女は余りの理不尽に言葉を無くし、ただ槍のゴブリンが迫ってくるのを見てることしか出来なかった。
(……どうして殺され無かったんだろう? 突然、その場を走り回って飛び跳ねてたけど……きっと、私達が弱過ぎて笑ってたのね…)
彼女はそう思い…自分は戦利品としてここに居るのだと、今は思っていた。
実際は……はえっ!? 何!? 何!?ドキドキする!?心臓飛び出そう!? とテンションがぶち上がり、動き回っていただけなのだが。
そう…槍のゴブリンは彼女に一目惚れしたのだ。
しかも…一時の感情ではなく…現在進行形で……。
(はぁ……この変わり者のゴブリンのお陰で、私は生きている……どうにかここから逃げ出さないと…)
槍のゴブリンの想いは…届かなさそうだ。
仕方あるまい…何処の誰が一目惚れしたから殺したくないと思うか。
彼女にとって槍のゴブリンは…自分の力を示したいタイプのゴブリンとしてしか見ていない。
今は、なるべく友好的に接するのだ。
そうすれば…いつか外に連れ出してくれるかも知れない…。
「グガァ?」
「…えっ…と、何ですか?」
突然、槍のゴブリンが彼女に話し掛ける。
恐らく…話し掛けた筈だ。
彼女が食べている肉を指差し、ジェスチャーも交えて何か話している。
「グガァ…」
「探して…?」
「グガァァ!!?」
「見付けた…?」
「グガァ……グガァ……」
「疲れた…? えっと…違うかな、見失ったかな?」
「グガァガァ!!?」
「やっと見付けて……」
「グガァ!!」
「捕まえた…」
(……えっと…この魔物を探して…捕まえようとした、でも見失った…でも捕まえたって事かな…?)
それを伝えてどうして欲しいのだろうか。
彼女なりに考え…出した答えは。
「凄く強いんだね!」
(きっと自分は凄く強いんだぞって伝えてる筈…)
「グガァ…? グガァ……」
うーん、何か違うけど良いかぁ…的な槍のゴブリンであった。
因みに本当は…これ凄く見付けるの大変だった、君の為に持ってきたんだ………だから喜んで、が正解だ。
別に強さなぞ、どうでも良かった…少しで良いから笑って欲しかった。
自分に向ける笑顔は…何処か冷たい気がするから。
だから…滅多に捕れない獲物を探した…これなら喜んでくれると思って…彼女には伝わらなかったが…褒められはしたので槍のゴブリンは満足した。
「グガァ…」
最後の一欠片(指)を口に放り込むと、槍のゴブリンは立ち上がる。
「あっ…」
「…?…グガァ?」
「いや、何でもないよ…?」
槍のゴブリンにも勿論巣で与えられる仕事がある。
その故に、彼女と四六時中一緒という訳には行かないのだ…。
「グガァ……」
憂鬱であった今まではこんな事、考えもしなかったのに…槍のゴブリンは仕事が鬱陶しくて仕方が無かった。
これの所為で彼女と過ごす時間が減るじゃないかと憤っていたのだ。
寂しそうな背中を彼女に見せながら…槍のゴブリンは行く。
偶に後ろを振り返り…もしかしたら彼女が止めてくれるかもと期待して……。
「グッ……ガぁ〜……」
駄目だ…彼女は手を振っている。
何と無く行動の意味は分かるので…諦めて槍のゴブリンは繁殖場を後にした。
「…行っちゃった…」
意外な事に彼女は槍のゴブリンが自分から離れるのを、寂しく思っていた。
ここで頼れるのはあのゴブリンだけなのだ…そう思うのも無理はない。
それに……。
(やっぱり……見られてる)
槍のゴブリンが居なくなると…繁殖場に居るゴブリン達が、彼女を見るのだ…それも狙うかの様な目で。
その視線から逃れるように、空間の隅で小さく座る。
不安だ……不安で仕方が無い…今、ゴブリンに襲われれば防ぐ手段が無いのだ…。
(怖い……怖いよ、早く戻って来て)
下唇を噛み、周りの音をなるべく聞かないようにする。
当たり前だが…ここは繁殖場なのだ…つまりそこで行われてるのは……。
「やめてぇ……」
「離してっ!!? いやぁぁ!!?」
「殺してぇ!殺してぇ!!?」
助けを呼ぶ声、怒号、死を望む声が四六時中聞こえる。
年中発情してるゴブリンに時間の概念も無く、シたいときにスルのだ。
(ごめんなさい…助けてあげられないの…)
比較的に攫われてから日が浅い者が抵抗する。
ゴブリンも、それが分かっているから…その者に数を割くのか…?
いや、違う……。
ゴブリンは抵抗する者を取り合っている…あの顔を見れば分かる、女の抵抗が強ければ強い程…ゴブリンの口角も比例して上がる。
(なんで……なんで…こんな生き物が居るのよ!? 害にしかならないじゃない!?)
彼女にとって……いや、女にとってこの空間は居るだけで精神を削られるのだ。
あの…槍のゴブリンが返ってくるまで、彼女はこの不快感と戦わなければいけない。
(……寝よう…何処にも行けないし、寝て起きたら…あのゴブリンも帰って来てる……きっと)
幸いな事に…ある程度過ごせば眠りにつくのは、そう難しい事では無かった。
起きたら…あの…変な動きで必死に何かを伝えようとする…変わり者のゴブリンが居るはずだと信じて…。
彼女は眠る……。
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