化物が人を愛しても良いのでしょうか?
猫爺
第1話 槍のゴブリン
「ゴギァ!! ゴギャ!!」
その声は聞く者を不快にさせる、見た目も悪い…痩せ細った老人のように骨張った身体。
曲がった背骨…緑の肌に、腰布一枚を羽織った姿で不衛生。
黄色い瞳が暗闇でギョロギョロと動く、それは……最弱の魔物。
ゴブリンと呼ばれる小鬼であった。
冒険者の間では初心者が討伐するのに、最も都合が良い魔物であった。
一匹の戦闘能力も低く、一般人が木の棒を持てば追い払えるレベルの強さ…。
しかし…ゴブリンは基本的に群れで行動する、巣を構え…獲物を集団で襲うのだ。
新人冒険者がゴブリンを侮って討伐に赴き、帰らぬ者となるのは意外と多い。
個の強さと、集団での脅威の落差が…初めて冒険者になった者にとって良い教材となる。
それ故…新人冒険者にはゴブリン討伐の依頼が多いのだが…。
ある洞窟の中…。
「ひぃ!? や、やめぇ」
ゴチュ……と青年の頭を棍棒で殴る、何かが潰れた音と…血を吹き出し倒れる青年。
格好から見て冒険者だろうか?
それに群がるゴブリン…まだ意識が残っている青年を完全に殺そうと…。
「ゴギャ! ゴギャ!」
「ギャギャギャ!」
「ギヤァ!」
踏み、噛み付き、斬りつけ、叩く。
いくらゴブリンといっても致命傷を受けたまま、集団で暴行されれば簡単に人は死ぬ。
「ギヤァ!」
「ゴガガ!」
青年の死を確認すると…ゴブリン達は死体を漁る、身に着けていた鎧や剣、衣服に至るまで全てを奪う。
残るのは身体中に痛々しい傷を付けた青年。
その死体を数匹で運び洞窟の奥へと運び込む…。
既に死体は…敵ではなく…貴重な“食料”になった。
哀れな冒険者の末路…衣服を剥がされ、人としての尊厳も踏み躙られ…最期はゴブリンに食べられる。
あぁ…哀れだ…それに……。
「こ、来ないで!?」
「あ、あぁ…なんで、こんな…!?」
まだ獲物が残っている。
男が一人…女が一人…どちらも先程の青年と同じ様な年齢だ。
既に戦意を喪失…目の前で青年を無残に殺されたのが効いたのだろう。
どう見ても戦う意志は無い。
だからといって…ゴブリンが何もしない訳が無いが…。
「ゴギャギャギャ!!!」
「ギヤァ!ギャ!」
寧ろ…ゴブリンにとっては自分達の住処に勝手に入ってきたのは彼等なのだから…。
容赦をする理由は最初から無いのだ。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「待ってぇ!? 置いてかないでぇ…!?」
「やめろ!放せよぅ!!?」
どうやら少女の方は腰が抜けて立てない様だ…逃げようとした青年の脚を掴み助けを求める。
腰は抜けているが、込めた力は相当な様だ…青年が拘束を解くのに時間が掛かっている。
このままではゴブリンに自分も殺される…そう思った青年は…。
「放せっていってんだろがぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぅぅぅ!?」
少女の顔を全力で殴った…その勢いで腕が外れ、一瞬青年は喜んだ……そして、何故拘束から逃れられたのかを理解する。
「お、おれ…俺は悪くねぇ…悪くねぇ!!?」
「待っ…てぇ…? お…怒って…怒ってないひゃらぁ…」
痛みで上手く喋れなくとも少女は青年を許そうとした。
だが……錯乱した青年はとてもシンプルで原始的な方法を取る。
「あ、あぁ…ごめん、ごめん!!?」
「………………ま、まっへぇ…」
青年は逃走した。
少女を置いて…見捨てたのだ、それに…もし生き残っても少女がこの事を話せば自分の居場所が無くなる。
青年はそんなことを考えていたのかも知れない…寧ろ…ここで死んだ方が都合が良いと。
見捨てられた少女は…少しだけ…ほんの少しだげ思考を放棄した。
今の状況は最悪だ…最初に死んだのは自分達の中でも一番強い者だった…そして…自分は腰が抜けて動けず、頼みの綱であった最後の仲間も…自分を置いて逃げた…。
その事実に脳の処理が追い付かない…だが…。
そんな事は…ゴブリンには関係無い。
後から…絶望の音が聞こえる……。
「……ギヤァギヤァ!」
「ゴキャァァ!!」
「ゴギギ!?」
「ギヤァギャア!!」
少女は……叫んだ。
「お前ぇぇぇぇぇぇえふざけんなぁあよぉぉぉお助けろ!!助けろおい!!?戻ってこぃぃよぉぉぉぉぉぉ!!!?」
恐らく…今までの人生でこんな声を出したことは無かったであろう。
恨みと…呪詛の籠もった絶叫が洞窟内に響く。
当然…青年にも届いているはずだが…。
「………………………。」
返ってくるのは悲しいまでの沈黙。
「う…うぅ……助けてよ…誰かぁ…」
物語であれば、ここで誰かが助けに来るのだろう。
颯爽と現れ、ゴブリンを蹴散らし…哀れな少女を救い出すのだろう。
しかし……これは御伽噺の様に英雄は現れない。
「あっ…痛っ!?」
「ギヤァギャア!!!」
「ひっ…や、やめっ…」
髪を引っ張られ、少女の顔は苦痛に歪む…無理矢理体制を変えられた先…ゴブリンの、その醜い顔が直ぐ側に迫る。
「た、助けぇ…」
「ギャギャ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!?やめてぇぇえごめんなさィィたすけでぇ!?!だれがぁ!?い、いやぁぁぁぁぁ!!!!?」
同じ様に少女にも暴行が加えられる、しかし…青年と違うのは殺さ無い程度に痛め付けるだろうか。
服を引き裂かれ…柔肌が露わになるも、ゴブリンは作業を淡々と進める。
「……た…す………け……」
裸になり…地面に倒れる少女。
身体中に痣が出来ており…しかし、死なないギリギリで止められている。
このことから…ゴブリンは慣れているのがわかる。
「ギャギャ!」
「ゴギャァ!!」
青年とは別の方向へと運ばれる少女、男であれば食料…女であれば………繁殖に使われる。
冒険者で無くとも、これだけは知っているという者も少なく無い。
これから少女が向かう先は………少女自身が誰よりも分かっているだろう。
これは…この世界でよくある光景。
酒場で酒の肴にされるほど…良くある話なのだ。
新人冒険者がゴブリンの巣に乗り込み…全滅した。
数多くある冒険者の末路の一つにすぎない。
「ごめん…ごめんなさい…俺は悪くない……悪くない…、そもそもあいつがゴブリンなんて楽勝だって……そうだよ、悪いのは全部…」
青年は洞窟を走りながら、ブツブツと自分を慰めていた。
自分は今回の依頼は断ろうとしてたなどと…。
実際は乗り気であった記憶など、既に改竄したのだろう。
「あ、あぁ!?」
青年は立ち止まる。
もうすぐ出口に着くというのに…そんな愚かな真似をしたのには理由があった。
一匹のゴブリンが…青年の前に立ちはだかっていた。
しかし…青年は直ぐに恐怖の表情から嘲笑へと変える。
「い、一匹だけか…? は、はは、ビビらせやがって!」
一匹であれば、今の青年にもどうにか出来る。
本来、ゴブリンは弱いのだ。
たかが一匹…恐れることは無い。
青年は剣を抜く……このゴブリンの首を跳ねて外に出る、青年の頭には無事に洞窟を脱出する自分の姿が見えているのだろう。
「どけぇ! ゴブリン如きがぁぁぁぁぁ!!!!」
青年は斬りかかる。
おかしい…何故、青年の後を他のゴブリンが追いかけなかったのか?
おかしい…何故、このゴブリンは一匹だけなのか?
ゴブリンは臆病だ…負けると分かれば簡単に逃げ出す。
何故…それをしない?
青年が冷静であれば気付いたか?
あるいは洞窟の暗さが味方したか?
そのゴブリンは他のゴブリンとは少し違っていた。
筋肉質な身体に、身長も普通のゴブリンに比べれば高い。
そして…何よりも目を引く……そのゴブリンは、槍を持っていた。
何の変哲も無い槍。
青年が斬りかかっても慌てずに…寧ろ、ゆっくりと構える。
「死ねぇぇぇぇえ!!!」
「グガッ」
華麗な槍さばき…そういうしか無い。
「………は? え…なんで?は?」
青年が斬りかかる瞬間、剣を持つ手首を狙い槍を振るう。
いとも簡単に剣を弾き飛ばされ…青年は理解が出来ず、血が流れる自らの腕を見るしか無かった。
フォン、フォン。
槍が華麗に動き、青年の両膝をほぼ同時に斬りつける。
膝から崩れ、青年は悟る。
このゴブリンは…“特別”だと。
ドヒュ!
「かっ……ごぽごぽ」
青年の半開きになった口目掛け、そのゴブリンは真っ直ぐに突きを放つ。
見事身体を貫き…青年は血を口から呼吸と共にゴポゴポと吹き出す。
槍を引き抜くと青年はそのまま倒れる、ビクビクと身体が震えているが…もう長くは無いだろう。
「グガッ」
血で汚れた先端を腰布で拭き、輝きを取り戻した槍にゴブリンは笑ったように声を出した。
「ギヤァギャア!!?」
「グガガッ」
「ギヤァ?」
「グガッ」
洞窟の出口側から数匹のゴブリンが現れる。
どうやら青年が倒れているのを見て驚いているのだろう。
まるで…お前一人でやったのか? とでも言わんばかりに。
「…………。」
しかし…槍のゴブリンは興味が無いのか、洞窟の奥に歩みを進めた。
手には獲物のウサギの様な魔物を持っている。
ゴブリンが食べるには少ないような気もするが…。
迷い無く進む、住処だから当たり前ではあるが…どうにも槍のゴブリンは別の目的があるように思える。
心なしか足取りも軽い様な?
「いやぁぁぁあ!!? 嫌だァァいやだぁぁ!!?」
繁殖部屋とも呼べる空間で、先程生け捕りにされた少女が叫んでいるが…何が起こってるのか、何をされてるかなど…槍のゴブリンにとってはどうでも良かった。
一瞬だけ視線を向けただけで、直ぐに戻した。
性欲の奴隷とも揶揄されるゴブリンだが…槍のゴブリンは他のゴブリンとは違うのかも知れない。
暫く歩き続けると…そこには一人の少女が居た。
洞窟の隅で震える少女に…槍のゴブリンは心臓が跳ね上がる。
しかし…態度には出すまいと顔を自分が思うカッコいい位置で止める。
「グガッ」
「あっ…!?」
槍のゴブリンを見ると先程まで震えていた少女は、少しだけ嬉しそうに笑った。
しかし……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
「っ…!?」
先程の雌の声が聞こえる。
槍のゴブリンは表情を歪めた。
あの雌のせいで彼女が怯えているだろと…そんな表情だ。
「また…攫ったんですか?」
「グガッ」
「そ…そうですか…」
お互いに言葉は通じない…それでも何と無く状況とお互いの態度で通じ合う事が出来た。
少女もこの数日で独特な会話? にも慣れて来たようだ。
「………グ…グガ」
「あ……えっと…私に? ですよねぇ…」
槍のゴブリンは気恥ずかしそうに獲物を差し出す。
そう…槍のゴブリンはわざわざ彼女の食料を狩ってきたのだ、最初に人間を食べさせようとしたら吐いてしまったから。
「………(チラッ)」
槍のゴブリンは確認する、さぞ喜んでくれるだろうと。
たが……彼女の反応は思ったものとは違っていた。
「生は…ちょっと食べられない…かも…です」
「グ、グガァッ!?」
不覚、忘れていたとばかりに槍のゴブリンは項垂れる。
そうだった…彼女は火で焼かないと肉を食べられないのだ…。
悲しそうな背中で槍のゴブリンは火を調達するために歩き始める…。
「あ、あの!」
「グッ?」
「あ……えっと…ありがとうございます。 何時も採ってきてくれて…」
「グ……………グガァ〜グッ!!」
なぁ~に良いってことよ! 翻訳すればこんな感じだろうか?
槍のゴブリンは満足げに…るんるんで獲物を調理しに走っていった。
槍のゴブリンが彼女に向ける感情を……その名をゴブリンは、まだ知らない。
彼女もまた、何故槍のゴブリンが自分だけに優しいのか…犯すでも食べるでも無く…………………まさか思わないだろう?
ゴブリンが人を愛しているなど………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます