不要な話

 15時が近づいてくる。後はこの部屋で、すべての掃除が完了する。ただ、反対運動の声はしつこく鳴りやむことはなった。

 「終わりそう」

東が客室の様子を確認しに来た。

「はい」

「じゃあ、終わったら、タイムカードを押して、帰っていいから」

「分かりました。お疲れ様です。」

「ああ、それと明日から責任者代わるから、私今日でここ辞めるから」

 東の言葉に絶句した。工藤は言葉を失っていた。

「じゃあ、あとはよろしく」

「お世話になりました。お疲れ様です。」

ただそれだけが口から出てきた。東は清掃中の客室から姿を消した。気にはなるが、客室の清掃を終わらせないといけない。淡々とこなし、ただ外の『原発やめろ』『今すぐ止めろ』とスピーカーを通した声が流れている。

 

 タイムカードを押しに、事務所に降りると、立川さんがいた。20年以上ホテル清掃をしているベテランだ。

「お疲れ様です。」

「ああ、工藤ちゃんお疲れ」

 立川は、シャンプーなどの補充をしていた。

「立川さんは帰んないんですか?」

「うん、これ終わったらね。あと、引継ぎもあるから」

「東さんからですか?」

「そうそう、責任者だからね」

「何でですか?」

「先に、タイムカード押しなさい。また東に怒られるわよ」

 工藤は慌てて、タイムカードを押した。

「中田ちゃん、分るでしょう」

「ああ、発達障害の受け入れ対象の人ですよね」

たしか、高校卒業して就職した人だ。

「そう、その子が清掃不要の部屋を掃除して、お客様からクレームが来てね。これも初めてではないからな。だからね。」

立川が言葉を詰まらせた。

「本部から、通達が合ったってことですか?」

「だから、今日、工藤ちゃん呼び出されたみたいなよ。東はお客様の対応もあったし、中田ちゃんのフォローも必要だったからね。ホテルは仕事を滞らせれないからね」

「そうだったんですか。」

  働いている人のせいで、辞めさせることはあるだと思うと、責任者は大変な仕事なのだろう。

「東も優しく丁寧に対応してしまったからね。それが裏目に出た結果なんだろう。まあ、明日から新しい責任者くるから、頑張りなしゃい。」」

 丁寧に対応していたのはよく分かっている。声色を変えて、優しく教えていたことは知っている。工藤が間違ったら、ちゃんと確認したのとか怒ってくるくせに、中田の時は、次頑張ろうとか言っていた。それを見ていた時は、不快さはあった。工藤がワンフロアを任せれ、中田はその半分の客室を清掃をすればよかった。同じ給料貰っていたとしたら、働く気力を奪われる。

「はい、頑張ります」

「お疲れさん」

「お疲れ様です。」

 更衣室に向かった。清掃不要の場合は、ドアに札が貼られている。それが見えないことはないはずだ。東の優しさは中田にとってプレッシャーもあったんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る