第6話
「い、いや、それは……」
その時、ポケットの中でスマートフォンが振動するのを感じた。それなりの山奥だが電波は届いているらしい。取り出して確認すると、朝のサービスエリアで見たものと同じ、会社からの着信だった。スマートフォンは現実を片時も忘れさせてくれない。まるでストーカーに背後から肩を
友美は、今度は着信を切って
「……じゃあ、せっかくだから一緒にお昼を作ろうか、恭子」
「本当? やったぁ。荷物取ってくるね」
恭子は嬉しそうにいそいそと自分のテントへ戻っていく。年上なのに
恭子は鉄板二枚で挟み焼ける食パンサイズのホットサンドメーカーと、一人用の
「ねぇ、友美。これで良いのかな?」
「うん……これくらいの調理なら焚火台じゃなくて、シングルバーナーがあったほうが早いと思うけど」
「シングルバーナーって?」
「カセットボンベで火を着ける台だよ。
友美はボストンバッグから器具を取り出す。ドーム型のカセットボンベに
「これだと煙も出ないし
「ああ、それ持ってるよ。そんな名前なんだね。取ってくるよ」
恭子はそう言って再び自身のテントへ戻る。本当に物だけはよく持っているらしい。帰ってきた手にあったのは、やはり友美の物よりワンランク上のブランド品だった。
「恭子って、ひょっとしてセレブなの?」
「セレブ? いやいや、そんなことないよ」
「でもそのバーナーも新品でしょ? キャンプグッズを一式
「あー、まあ、それなりに? でも仕事もしているからね。独身だし、相手もいないし、趣味に費やせる余裕はあるかもしれないね」
「私も同じなんだけど……仕事って、やっぱり営業?」
「なんでそう思ったの?」
「分からないけど、そんな風に見えた」
「そっか。うん、当たり。いわゆる広告代理店の営業で、プランナーで、ディレクターかな。今日は休み……だと思う」
「思うって?」
「うちって定休日がないからさ。アポイントが入ってなかったら勝手に休むんだよ。仕事も
「へぇ……凄い」
友美は
「友美は? 働いているの? あ、もしかしてイラストレーターとか?」
「イ、イラストレーター? どうして?」
「だって、なんだか
「私、芸術なんて全く駄目だから」
「そう? じゃあ……あ、ソロキャンパー? これ仕事なの?」
「じ、事務だよ。普通にメーカーの事務職」
友美は大きく首を振る。
「そうなんだ。確かに事務っぽくもあるよね。真面目に黙々と仕事をしてくれそう。でも今日って休日だっけ?」
「いや、私も有給休暇で……」
「有給で、ソロキャンプに?」
「……いい天気だったから」
「分かる! こんな日は働いている場合じゃないよね!」
恭子はいきなり大声を上げると、空を見上げて両手を広げた。
「晴れた空に白い雲!
「う、うん……」
「だって一生のうちであと何回こんな日があると思う? もし明日に
「そう、だよね」
友美は恭子の勢いに
「私も、恭子の言う通りだと思う。こういう日こそ遊ばないとね」
「そう! だから友美もテンション上げて! 私を一人にしないで! あ、あっちに川があったよね! やっぱりキャンプと言ったら川遊びじゃない? ねぇ、行ってみようよ!」
恭子はチェアに座る友美に向かって両手を差し出して立たせようとする。しかし友美はとっさに胸の前で腕を組んで軽く身をかわした。それからぎこちなく笑みを作って見せた。
「とりあえず、お昼ご飯を作らない?」
「あ、そうだったね。はい、よろしくお願いします、先生」
恭子は両手をだらりと垂らすと、そのまましゃがんで持参したシングルバーナーの準備を始めた。友美の態度を特に気にした様子はなかった。組んだ腕の中で震えを抑えて、こっそりと心の中でため息をつく。彼女のざっくばらんな人柄と切り替えの速さが
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