第4話

 アウトドア好きには2種類の人間がいる。ひとつは街を離れて自然の中で皆と自由を楽しみたい陽気な人。もうひとつは人間嫌いで自然を相手に黙々もくもくと野外活動がしたい陰気な人だ。野島の性格は後者らしい。きっと力仕事や工作は得意だが、接客は苦手なのだろう。


 そう冷静に分析できるのは、何より友美自身もそんな性格と自覚しているからだ。人付き合いが苦手で、特に初対面の人間を前にすると緊張のあまり体が固まってしまう。それを勢いでごまかそうとするので、余計に挙動不審きょどうふしんになってしまう。そして一人になると後悔にさいなまれて自らの不甲斐ふがいなさに溜息ためいきをつくのだ。


「あの、書き終わりました」


「あ、はい。ありがとうございます」


 野島は受付用紙を受け取ると、大して中身も見ずにバインダーへしまう。発言の始めに『あ』を付けてしまうのも会話が苦手な人の特徴だった。


「ええと、キャンプサイトはこの地図のここからここまでとなります。敷地内なら自由にテントを張ってもらって結構です」


 野島はテーブル上の地図を示す。そこに置かれた赤い石のマーカーを見ると、キャンプサイトにはすでに4組が滞在たいざいしているらしい。橋を越えた先のバンガローは8棟あり、そのうちの2つが埋まっていた。


「詳しいルールはこの紙に書いてあります。ゴミは生ゴミとプラスチックと缶と瓶に分けて外のゴミ捨て場に捨ててください。消し炭は水場近くのここに。この管理小屋は午後6時に閉めます。夜間の連絡先はこちらです。明日のチェックアウトは10時です」


「分かりました」


「それでは、はい、ごゆっくり」


「……あの利用料金は、後払あとばらいですか?」


「え? あ、いえ、先払さきばらいです。今ここで、はい」


 野島は思い出したように地図の隣の料金表を指し示す。キャンプ場での利用料金は先払いの場合が多い。彼は私に似ていると思っていたが、どうやらそれ以上に間の抜けたところがあるかもしれない。今日から勤めだした新人のアルバイトか。まさかオーナーや責任者といった立場の者ではないだろう。


 受付にいる友美の背後を2人の男女が通り過ぎる。奥のキャンプ用品売り場にいた客だろう。男は黒色の薄いウィンドブレーカーに黒色のズボンを身に着けて、黒色のブーツをいている。髪が長く、せて身長も手足も長い針金のような青年だった。一方で女は対称的に長くウェーブのかかった茶髪に大柄でぽっちゃりとした体形をしている。服も明るい青色のフレンチスリーブシャツにプリーツスカートを身に着けてサンダルを履いていた。


 友美は2人が管理小屋から出て行く様子を目で追う。どちらもアウトドアには似つかわしくない格好をしているので、テントではなくバンガローの宿泊客だろう。軽装けいそうのカップルや子供たちがいるということは、カジュアルで安全に楽しめるキャンプ場と評価できる。地元では名の知られたところなのかもしれない。


 利用料金はソロキャンプで一泊2500円、さらに駐車料金が500円、入場料が500円で合計3500円だった。市営や村営などの施設ならもっと安いところもあるが、民営なら格安と言えるだろう。釣銭つりせんなくきっちり支払うと、受付の男はトレイごと受け取って素早くテーブルの下に収めた。


 手続きを終えると荷物を取りに駐車場へ戻る。くせのある対応はともかく、断られることなく利用できて良かった。これで引き返す心配もない。設備や客層を見てもとうな施設に思える。行き当たりばったりの旅としてはうまくいったほうだろう。


 途中で人が立っていると思ったら、さっきも見た立て看板の隣にあるカカシの背中だった。そういえば野島にカカシが立っている理由を尋ね忘れたことを思い出した。



 友美は管理小屋にも近い東側の空きスペースに荷物を運んで拠点にする。テントで泊まるならトイレや水場に近いほうが良いという判断だった。本当はもっと人目に付きにくい、日当たりのいい林のそばでひっそりと野営したいところだが、初めて来た場所ともあって無難ぶなんな場所を選んだ。駐車場も近いので、何か起きてもバイクで逃げ出せるだろう。


 持参した生成きなり色のテントは三角柱を横倒しにした形状で、開いた一面が屋根代わりにもなるタイプだ。小型のため人間一人が横になればそれで一杯になるが、バイク乗りのソロキャンパーとしてはこれで充分だった。グランドシートとエアー式のインナーマットを敷いて寝袋を置くと、ひとまず寝床は完成する。夏場は防寒対策を考えなくて良いので設置も簡単だった。


 ボストンバッグから取り出した一人用のテーブルやチェアを組み立てて、ミニグリルを開いてLEDランタンを脇に置く。無表情で黙々と進める基地作りにわくわくするような胸の高鳴りを覚えていた。キャンプ用品は最低限の生活必需品がコンパクトにまとまっているのがいい。いざとなったら誰に頼らなくても生きていけるという自信と安心感を与えてくれた。


「こんにちは、いい天気だね」


 通りすがりの若い男がふいに声をかけてきた。背が高くて足が長く、こざっぱりとした顔と髪型をしている。チェックのシャツとベージュのチノパンを身に着けた、やや年上らしきさわやかな男だった。


 友美も、こんにちは、と小声で返して会釈えしゃくする。


「一人で来たのかと思って見に来たんだ。ソロキャンプだよね?」


「え、ええ、まあ一応……」


「女の子なのに珍しい。ここへは何度も来ているの? 慣れているみたいだけど」


「あ、いえ、初めてです。ソロキャンプは他でもしていますけど」


 友美は言葉に詰まりながら返答する。単なる挨拶あいさつかと思ったが男は立ち去ることなく話を続けた。見知らぬ人、しかも男性から声をかけられると緊張してしまう。さっきまでの高揚こうようが一気に冷めていく。


「俺もソロキャンプでね、ここへは初めて来たんだ。一緒だね」


「そう、ですね」


「素敵なテントだね。軽くて張るのも簡単そうだ。1人ならこれくらいがいいよな。俺のはあっちにある青色のドームテントなんだけど大きくてね。2人か、頑張れば3人でも寝られそうなサイズなんだよ」


「はあ……」


「ああ、俺、河津かわづ隼人はやと。君は?」


「水瀬、です」


「よろしく、水瀬さん」


「どうも……」


 返す言葉が見つからず沈黙が流れる。河津は余裕の感じられる精悍せいかんな笑顔でじっとこっちを見つめていた。

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