9 想念
言い出したのはシマジ。その一族からもアケダに仕える女が出ており、そこに産まれた娘イナキが次の巫女に立つかと言われている。つまりシマジの訴えは能なしにも関わらず
「うるさい小物めが」
聞いたユラは吐きすてた。シマジはアケダよりもずっと年かさの男だが容赦ない。
「これが子鹿の親というわけだ」
ウスラバも冷ややかだった。一族がそういう行いだからイナキとその兄王子に佐津が任せられない。そんなこともわからぬ小人よ、とため息が出た。
「イナキ姫よりもやはり――」
「ナギリ」
言うな、とユラは首を横に振った。そうなってしまってはユラはすべてを背負うことになってしまう。ユラにはまだそこまでの覚悟がなかった。
山猿として気楽をよそおっているが、本当は何もかもから目をそむけているだけだ。逃げられないのかもと思ってはいるが、怖い。
「ユラも国を出るか。ホカゲのように」
静かに言ったのはウスラバだった。顔を上げたユラの目が見開かれる。そんな誘いをしないでくれとその黒い瞳は言っていた。
「そんなことできない」
「ナギリならおまえを連れて行ける。俺には妻も子もいるが」
名指しで言われ、胡座をかくナギリの膝がガタリと床を鳴らした。珍しくうろたえた従者に目をやってしまい、ユラは慌ててうつむく。
二人で行け、とそそのかしながらウスラバの微笑みは優しかった。ユラが何も背負わないと決めるのなら、同じく何も背負わぬ一人の男であるナギリのことを考えられるだろう。考えてやってくれと幾度ものどに出かかって呑みこんできた言葉をウスラバはとうとう口にしてしまった。
「――できない、てば」
声が震えるのを抑え、ユラは逃げるように出ていった。取り残されたナギリの奥歯がギリと鳴った。
「何を言うウスラバ」
「――あれがあんなに心揺らしたのを見たことあるか? おまえのことも憎からず思っているんだろうよ」
ナギリは言葉をなくす。そんな嬉しがらせに乗るものかと気持ちを戒めるが、どうしようもなく鼓動は速まった。
それでも追いかけることなどできなかった。佐津の行く末をどうこうする、そんな選択をユラに突きつけるのは酷だ。ナギリはユラを苦しめたくない。
だが、どうしてやればいいのか。まったくわからなかった。
表に逃げたユラは館の内をふらりとめぐった。そして
「なんだ。もう俺を連れ出すのはやめた方がいいぞ。何やら揉めているんだろう」
「――耳が早いな」
チッと舌打ちするとホカゲは不敵に笑った。
「だから
「思ったより有能かも」
「みくびるな」
周りをチラとしてホカゲが不審な顔になる。
「一人か」
「悪い?」
危険はないと見たかカヤカリもミヌマも部屋に控えたままだった。二人で話すのは最初に食事を持っていって以来。あの時はホカゲが何もしゃべろうとしなかった。それを思い出してユラは少しだけ笑った。
「……なんだよ」
「ホカゲは――思い込みが激しいよね」
ユラはくすくす笑いだしてしまった。
従者から事情を聞き黙り込む本人を見ただけで、父王に合わせる顔がないと思い詰めているのがよくわかった。そしてもしかしたら父その人がホカゲをいらないと切り捨てたのかと怖れ悩んでいることも。父に認められる、その一念だけで動くホカゲを子どもっぽいと思ったが。
「少し、うらやましい」
「ユラには想いをかけるものはないのか」
静かに問いただされて、ユラはハッとした。
「想い?」
「大事に想うもの。人でもなんでもいい」
人――それはわからない。ナギリから想われているのだろうことはさすがに気づいていた。でも自分が同じ想いを持っているかといえば否だ。ナギリは大切な男だけれど。
ユラは誰のこともそんな風に思ったことはない。思ってはいけない立場だから。
「――佐津の国」
ポツリとユラは言った。
「私が想うのはこの国のこと。佐津が豊かに幸せにあることが私の望み」
結局そうなってしまうのだ。
ならば覚悟しなくては。強い巫女が出ないのなら、常ならぬ形でも国を造り支えるべきだった。中途半端に政に首を突っ込むくせに逃げ腰でいる場合ではない。
たぶん国は変わっていく。
佐津なのか中つ国すべてなのかわからないが、揺れ動く時がそこに来ている。だからユラは――いや、弟カザネは選ばれたのだろう。ユラはそれを助けなくてはならない。
佐津は
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