5 処遇
「ホカゲは死んだことにしてきた」
「何?」
ずかずかと座敷牢に来てユラが言い、ホカゲは目を見張った。いったいなんの話だ。
格子戸が開けられて牢から出され、ミヌマとカヤカリも屋内に連れて来られている。捕縛されて以来の面会で主従は無事を喜び合っていた。そこにユラが顔を出し、そして後ろから王アケダも姿を見せる。ホカゲたちに緊張が走った。
「首をくくって自害した、てヒエノに吹き込んで帰らせたの」
「俺が自害? ヒエノを
楽しげなユラにケロリと言われ、ホカゲはにらみ返した。
それはアケダの指示だった。
ホカゲたちを殺して久良岐につけこまれるのはおもしろくない。かといって生かして丁重に帰すなど馬鹿ばかしい。
ならば偽の情報でもつかませておけ、というのだった。アケダはどかりと座った。
「このたびのことは、どうやらタヒトの指示ではなかったようだ」
「そうなのですか?」
ミヌマが食いつくように言った。彼がホカゲの
だがホカゲはまだ疑うような口ぶりだった。
「しかし先日は父が関わったような言い方を」
「王子みずから
しれっと言うアケダは表情を変えない。あの時は揺さぶりをかけて久良岐の中の事情を知ろうとしたまで。引っかかるホカゲが未熟なのだ。動揺した顔色でホカゲ自身はタヒトに忠実なのがわかったが、タヒトの方はどう思っているのやら。
「どうせ帰っても居場所などあるまい。太子に殺されるのを待つか、戦で死ぬか」
アケダはずばりと言った。言い返せずに主従は黙り込む。今回に限らず、はっきりと死を命ぜられたわけではなくとも死地にばかり追いやられていたのは確かだ。
父王は、ホカゲに厳しかった。いつも無謀としか思えない任を与えた。ホカゲはむきになってそれをやりとげてきたのだった。自分は久良岐の役に立つと示すために。父王にそむく心などないと証すために。
だがそうして必死に生き延び帰りついても、父は嬉しそうにはしてくれなかった。
『――ご苦労だった』
ひと言ねぎらう顔は、いつだって苦々しかった。父がホカゲの手柄を喜んでくれなくなったのはいつからだったか――おそらく、母がみまかった後からだ。
「冷遇する王にこのまま従うか、もう久良岐を捨てるか、考えろ。佐津にいたいというなら考えてやらなくもない」
「……そんな都合のいいことをお許しに?」
「あまりこちらの得にはならんが。まあしかし子も親も、ままならぬのは世の常」
アケダはユラを見て小さく笑った。
「しばらく生きてみるがいい。そのうえで久良岐に帰るというならば、止めはせん」
言い置いて、アケダは立ち上がった。出ていきながら、肩越しにホカゲをうかがう。まだまだ甘っちょろい若者。情けを受けたように感じるのだろうか。
佐津にまったく得がないわけでもない。
ホカゲが捨てられた王子だというのなら生かして飼っておけばそのうちに利用できるかもしれないし、あるいは放流してもいい。勝手に復讐に向かい久良岐の中に波紋を起こしてくれればおもしろくなる。
アケダのそんな思惑はユラもわかっている。それでも子のことを『ままならない』と言ったのは真実だと思った。ユラたち姉弟が念頭だろう。
「ねえホカゲ。私は佐津の姫であって、姫ではないの」
部屋にいた佐津の男たちはアケダについて退出した。入れ替わりにスルリと来たナギリとウスラバが控えているが、彼らの前でなら何を言っても大丈夫。
「……どういうことだ」
「私には巫女の才がない。佐津でそれは、姫として認められなくてね。男のように里や田畑を守る方が性に合うからいいんだけど」
「それで俺たちと一緒になって駆けまわってるのさ」
ウスラバが口をはさんだ。少しの苦さを含んだ薄ら笑い。今のユラが幸せかというと、自信はなかった。
「私は佐津で山猿あつかいだから」
「山猿」
ホカゲは言葉につまる。ずいぶんな言われようだ。だがユラは誇らかに笑った。
「神をこの身に降ろせなくても、私は佐津の娘。民を守る手と脚は与えられている」
言い切るユラの前でホカゲは、珍妙なものでも見るような目になった。
「女の身で、何ができるんだ?」
「その女に剣を奪われたのは誰」
言い返せなくてホカゲは黙った。
「……じゃなくてね。私が言いたいのは、ホカゲは好きに生きてみれば、てこと」
好きに生きる。
思ったこともない言葉をかけられてホカゲは黙った。そんなことができるだろうか。
わからないながらユラを見返した。その透きとおる視線が、ホカゲに染みた。
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