4 放逐


「おまえを捨てたのは久良岐くらきの誰だと思う。供の者らがいろいろ言っていたが」

「――捕らわれたのは、カヤカリ、ミヌマ、ヒエノ」


 供の名をあげ、ホカゲは確かめる目でアケダを見た。

 自分はもう生きていても仕方ないとホカゲは考えていた。捨て鉢な、とは思うが帰る場所もないとみるべきだった。

 だが供の彼らを巻き込むのは不憫だ。兄に付けられたヒエノはどうでもいいが、幼い頃からのもり役ミヌマ、乳兄弟ちきょうだいのカヤカリには生きてほしい。


「それと逃げたのがノグナというそうで」


 横から答えたのはウスラバだ。ヘラヘラと楽しそうな口調。死を覚悟した硬い顔つきのホカゲをおもしろがっている。そうユラは感じた。

 この状況ならば思いつめて当然なのに、からかってはかわいそうじゃないか。たしかにおもしろいが、隠せ。

 ユラは視線だけでウスラバを非難した。だが知らん顔されてムッとなる。その二人をナギリが長い鼻息でたしなめた。

 

「彼らの命は、助けてやってほしい」


 脇でユラたちが遊んでいることなど目に入らないのだろう、ホカゲは真剣にアケダに訴えていた。


「おまえは死ぬつもりか」

「――仕方のないこと」

「手をくだせと?」


 厳しい顔で言うアケダを、ホカゲは細めた目で見上げた。

 言わんとすることはわかる。斥候うかみが行くと報せた者は、ホカゲが佐津で殺されることを期待しているのだろう。その思う通りにするのは、しゃくにさわる。


「タケミとやらは、堂々と弟殺しの汚名を着ることもできぬ惰弱だじゃく者か」


 アケダが出した名で、ホカゲの目が鋭くなった。タケミというのはつまり、久良岐の太子。妃の産んだ腹違いの兄だ。


「……ヒエノが、そうと?」


 タケミが付けてきたヒエノ。逃げたノグナと共に、ホカゲを監視し死地に追うための従者なのだろうと思っていた。彼らが剣を抜けば返り討ちにする覚悟はあった。

 兄に憎まれているのはわかっている。だが、他人にそう言われると胸はざわめいた。


「殺すために従っていたと承知か」


 アケダに笑われ、ホカゲは顔をゆがめた。


「タヒトは酷なことを。これも子のうちだろうに」


 静かに言ったアケダは、探るようにホカゲを見ていた。

 父王の名を出されてホカゲの表情が凍る。だが反して、瞳は大きく揺れた。


 ――父もか。俺をうとみ、死ねと仰せだったのは、そもそも父王なのか。

 生きる意味がなくなったとホカゲは知った。



 * * *



 ホカゲの供として捕らわれた三人が押し込められている、岩穴を利用した牢。館の内にいる彼らの主人よりもかなり待遇が悪い。拷問などは受けていないのだが。

 ここは特にヒエノにしてみれば、いるだけで針のむしろだった。

 ホカゲを売ったのはヒエノの主筋タケミだとの疑惑が、ほぼ確信としてミヌマとカヤカリの中にある。そしてそれは正しかった。

 できるものなら殺してやるという視線。若いカヤカリからは特にそれを感じ、ヒエノはオチオチ寝てもいられないのだ。


「ヒエノ」


 外から呼んだのはユラだった。とても不機嫌な顔だ。


「来い」


 ナギリの手で一人だけ引きずり出され、ヒエノは青ざめた。

 山で罠に掛けた時以来ユラは彼らに姿を見せていない。何者なのかも知られていないだろう。

 ヒエノにしてみればユラは、女ながら強そうな男たち――ナギリやウスラバをあごで使う妙な奴。佐津に潜入したのを村娘に見られたからと殺そうとし、逆にまんまと手玉に取られたのだ。嫌な女だ。


 牢から見えないところまで連れてこられ土の上に引き据えられたヒエノに、ユラは忌々しげな視線をくれた。


「ホカゲを殺したいのは、タケミだけか」

「……」


 問われた意図がわからずにヒエノは黙っていた。だけ、とは言いがたい。妃もそうだ。


「タヒトは?」

「タヒト様?」


 王の名に、うっかり反応した。はっきり指示されたことはない。その意外そうな響きでユラはうなずいた。


久良岐くらきの王はホカゲを見限っていないと。くそッ」


 また口の悪くなるユラに、ヒエノを後ろで押さえるナギリがしかめ面をする。かまわずユラは続けた。


「ならばまだホカゲには使い途があったのに。自害などして……」

「は!?」


 ヒエノは素で驚いた。

 ホカゲが死ぬのは歓迎だ。主であるタケミからは佐津で殺されるのを見届けてこいと命ぜられている。だがみずから命を絶つ男とは思わなかった。


「そ、それは……」

まことかと? よかったな、任が果たせて」


 憎々しげにユラは言う。


「おまえは帰って伝えなさい。これは佐津の落ち度ではない。ホカゲが勝手に首をくくったと。まあそもそも斥候うかみなど、死を覚悟して来るべきものだけど」


 宣告してユラはさっさと踵を返した。

 それを見送って、ヒエノは同じくどん底まで不機嫌なナギリに引っ立てられていった。

 

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