3 推論


 ホカゲと共に捕らわれた男は三人。

 乳兄弟ちきょうだいのカヤカリ、傅役もりやくとして仕えてきたミヌマ、そして今回の任務のためにつけられたというヒエノだ。


 座敷牢のホカゲとは別に、彼らは岩室に作られた牢に無造作に押し込まれている。そちらに行っていたナギリとウスラバを庭でユラが迎えた。他の姫は館の奥にこもっているが、ユラは山猿。この境遇は自由がきいていい。


「彼ら、何か吐いた?」

「……飯は飲み込んでいたぞ」


 ナギリから苦々しく嫌みが返ってきてユラは吹き出した。何か聞き出せたかを尋ねたのはわかっているだろうに、強い言葉を使うのが気に入らないのだ。



 隣国よりもたらされた、久良岐くらき斥候うかみが向かう、との話。

 その通りになった。そしておそらく、知らせてきたのは久良岐の中の企みだ。一行の内に訳知り顔で逃げ出した男がいたのだから。

 ということは、彼らは捨て駒。

 殺されてよし。それぐらいの扱い。


「やり方が気にくわない」


 目を細めユラは尋ねた。


「疑わしいのは?」

「久良岐の王。か、妃。あるいは太子」


 言葉少なにナギリが答えた。


 ホカゲに斥候を命じたのは、父王らしい。

 逃げおおせた男と捕らわれたヒエノは、腹違いの兄である太子が貸した手勢だそうだ。

 そして傅役ミヌマが言うには、出来のいいホカゲを太子の母である妃がうとんでいるのだとか。


「なるほど。もうホカゲは帰れやしないのね」


 本人もわかっているのだろう、牢の中で死にそうな顔色になるわけだ。持っていった食事は食べたかと少し心配する。

 捕らえた時のホカゲの強い瞳。それが曇るのは何故か嫌だった。


「逃げた男を付けて寄越した兄が首謀者だとして」

「ヒエノは逃げてないけど」


 ウスラバの推論に口をはさむとナギリが冷たく言った。


「逃げ遅れだろう」

「ただの間抜けだよな。それとも一緒に捨てられたか」

佐津うちをごみ塚にされてもねえ」


 内輪の三人だと思い、明け透けにひどい言いようだった。とてもホカゲたちには聞かせられない。泣くかもしれない。


「傅役の言うとおりなら妃もホカゲを殺したいんでしょうし」

「問題は王だ」


 ナギリがまとめた。そう、そこが大事な点だった。

 久良岐の王。つまりホカゲの父。

 これが彼の指示したことなら、ホカゲは人質としても役立たず。むしろ殺したら難癖をつけられるだけの真正の厄介者となる。


「ホカゲは常に戦に出ているらしいな」

「やっぱり遠ざけたいの?」

「王が息子を気に食わぬなら、堂々と殺せばよかろう」


 ナギリが無慈悲に言った。だがその通りだ。

 ――久良岐の国の内でホカゲがどういう立場なのか、いまいちわからない。

 処遇に困り、ユラはうーん、と空を仰いだ。



 * * *



 ユラはあらためてホカゲの牢に向かった。捕縛作戦の実行者として公に、だ。

 ホカゲは変わらずに不愛想だったが、こちらをチラとにらんだ。最初視線を上げなかったのと比べればいくぶんかマシになった。


「出ろ」


 ユラの横から手を伸ばしたのはナギリだった。後ろにウスラバと、もう一人年配の男がいるのをホカゲが素早く確認する。


「――殺すのか」


 格子戸を開けて腕をつかんだナギリに抵抗することもなく、ホカゲは静かに立ち上がった。


「殺されたい?」


 ユラは逆に尋ねた。出てきたホカゲをその場に座らせると、背後にまわる。


「捕らえた斥候など、殺すものだ」

「そうかも」


 言いながら、ホカゲの乱れた髪をグイとつかんだ。ホカゲが少し痛そうにする。だがその表情は、前で両手を押さえているナギリにしかわからなかった。

 鋭い瞳だ、とホカゲは目の前の大男を見返した。

 無表情だが何も見逃さない目。捕らわれた手首はびくともしない。力では完全に敵わないだろう。


「だけどまずは、訊かないと」

「いっ!」


 予想していなかった痛みにホカゲはうめいた。

 ユラがガシガシとホカゲの髪をかそうとしている。ナギリの目がやわらぎ、姫に注意した。


「櫛の歯が折れる」

「だってボサボサで」

「毛先から少しずつほぐすものだ」


 従者の男からそんな指導を受けるユラをながめ、年配の男が歩み寄る。


「乱暴な娘ですまんな。久良岐くらきの王子よ」

「――」


 ホカゲは動かせない頭でぎりぎり見上げた。ユラを娘と言うのなら、この人は。

 威圧的ではないが、どっしりと威厳を感じる。できる限りの礼をとホカゲは目を伏せた。


「久良岐の王タヒトの子、ホカゲ。このような形でのお目通りとなり失礼を」

佐津さつのアケダ。目通りなどせずに帰るつもりだったのだろうが、哀れな捨てられ子よ」


 皮肉に応えられず黙るホカゲの髪を、ユラは首もとで縛った。今すぐ首をはねるつもりはなさそうだ。

 アケダが小さく手を動かすと、ユラもナギリも一歩下がる。

 ホカゲは膝をついたまま、佐津の王と向き合った。


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