ジコブッケン

夏木こゆ

第1話

和樹さんは勤め先に近い物件を探して、不動産会社を訪ねていた。

 現在借りている部屋は会社まで1時間半、駅まで徒歩20分。

毎日の出勤、しかも最近は終電で帰宅する為、不便さを感じていた。

 多少、家賃は高くていいので、朝、ギリギリまで寝ていられる場所が良い。

 不動産屋が紹介してくれた物件資料を見ていると、その中に1件、とても魅力的な物件を見つけた。

 10帖1Kの部屋にクローゼット、ベランダもついていて、家賃が相場の半分なのだ。

 なにより、駅まで徒歩5分。

 理想的な物件だ。


 内見に行くとそこは2階建てのアパートで、各階2部屋、4世帯が入れる場所だった。

 2階の1部屋は大家の息子が住んでおり、1階が1部屋、空室になっていた。

 資料通りクローゼットもベランダもついていて、窓を開けたら風が通る。

アパートと言っても見た目はマンションに近く、オートロックも備わっている。

 ただ、これだけ好条件の物件が何故、相場の半額の家賃なのか……

 和樹さんは不動産屋に思い切って聞いてみた。

「ここ……事故物件ですよね?だってこんなに好条件なのにこんなに家賃安いし」

 それを聞いた不動産屋は少し笑いながら否定した。

 家賃が安い理由として


 築年数が30年程経っている事。

 線路沿いの為、列車通過の際の騒音がある事。

 最寄り駅に快速列車が停まらないこと。


 それを聞いて安心した和樹さんは、その場で契約を決めた。


「引っ越してよかった〜」

 和樹さんが引っ越して2週間程経った。

 駅が近いので朝もゆっくり出きる。

 通勤も帰宅もラクになり、列車の騒音も平日は不在なので気にする必要も無く、何より家賃が安いので経済的にも助かり、良い事尽くめだった。

 引っ越し当初は、やはり事故物件では…と警戒していたが偶然、隣の部屋の住人「三上みかみ」さんと顔を合わせた際、2ヶ月程住んでるけど何も無いよと言って貰い、心地よく生活する事ができた。


 ある朝。

 この日は午後からの出勤だった和樹さんが部屋で寝ていると、上の部屋が何やら騒々しい。

 何事かと玄関のドアを少し開けると、引っ越しトラックが見え、作業員が荷物をトラックに運んでいる。

 あ、引っ越すんだ…と暫くその様子を見ていると、隣の部屋のドアが開き、三上さんが顔を出した。

「引っ越すみたいですね」

 和樹さんがそう言うと、三上さんは首を傾げた。

「上の人、貴方が引っ越して来る一週間前位に来たばかりなのになぁ…」

 和樹さんが引っ越して一月ひとつきが経っていた。

 そして上の部屋から、住人であろう若い女性が出てきて階段を降りて来たのだが、女性の目からは涙がこぼれ落ち、口元をハンカチで抑え、母親らしき人に支えられながら、引っ越しトラックに乗り込んで行った。

「そんな体調悪そうなのに引っ越し…?」

 和樹さんはそんな疑問を感じた。


 女性の引っ越しから半月後。

 多忙の為ここ数日会社に寝泊まりし、5日ぶりに帰宅した和樹さんは玄関ドアの前で三上さんと遭遇した。

「こんにちは!お出かけですか?」

 キャリーバッグを持つ三上さんに聞くと、三上さんは首を左右に大きく降った。

「違います。実は引っ越すんです…ここはもう無理なんで…」

 そう言う三上さんの額から汗が吹き出している。

「え?どういう事ですか?」

「とにかくもう無理なんです…短い間でしたがありがとうございました。」

 そう言うと三上さんは、早足でキャリーバッグを引っ張って行く。

 和樹さんはただ、その後ろ姿を呆然と見る事しかできなかった。


それから一月が経過したある日の夜。

 珍しく和樹さんは早めの帰宅ができ、部屋で読書をしていると突然外から、けたたましい列車の警笛が響き渡る。

「何だ?」

 思わず窓を見た。

 ドン!!…という衝撃音が部屋全体に響き、振動で窓がガタガタと揺れている。

 何が起きたのか…確認の為カーテンと窓を開け、ベランダに出ようとサンダルを履いたそのときだった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 断末魔に近い悲鳴を上げ、和樹さんはその場に尻もちを付き倒れてしまった。

 なぜならサンダルを履いた足下のすぐそばに、切断された人間の右手が落ちていたのだから。


 次の日、2階に住む大家の息子が和樹さんの元を訪ね、 衝撃の事実を伝えられた。

 このアパートの30メートル程先に踏切があるのだが、前から自殺者が後を絶たないという。

 最寄り駅は快速列車が停車しないので、かなりの速度を保ったまま踏切を通過する。

 つまり言葉は悪いが、自殺志願者にとっては確実に…という事なのだろう。

 そして列車に衝突し、跳ね飛ばされた遺体の一部が和樹さんが住むアパートのベランダに入ってくる…遺体の受け取り場の様な存在となっていたのだ。

 ここ数ヶ月は特に自殺者が多かったらしく、この前引っ越した若い女性や、三上さんの部屋にも損傷した遺体の一部が入ってしまったらしい。

 和樹さんも2人と同じく、早々に引っ越して行った。


 この話をしてくれた後、和樹さんは言った。

「霊が出たり、事件や孤独死があった部屋は事故物件と言うけど、僕ね、あのアパートも立派な事故物件だと思うんだ。夏木さんどう思う?」

 もちろん私も事故物件…だと思うが、賛否両論あるだろう。

 と言う事で、この話のタイトルは敢えてカタカナで

「ジコブッケン」としておこうと思う。

 ちなみに和樹さんは現在、駅から徒歩40分程のマンションに住んでいる。

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