第20話 プラチナ
11月に入り、
最近、息子がバレーボールでうまくいってない。
先輩が引退し、エースを任された息子は
自分が決められない事に落ち込んでいた。
先輩は背が高かった。それだけでなく、どんなトスも怯まずに打って勝負に出る先輩だった。
息子は背がそんなに高くない。
バレーボール選手としては、低い方だった。
それでも、エースに選ばれたということは、それなりの技術があり、顧問から見込まれた存在だったのだろう。
私にはよくわからなかったが。
部活へ行けば、決まるまでアタック練習は終わらない。
『エースが決められないチームは弱い』
と言われ、腰も痛いらしく、引退したエースの先輩と自分を比べて、心が折れていた。
私はこれからだよ!頑張れ!と励ましていたが、珍しく息子が学校までも行きたくないと言い出した。
この辺では有名な強豪校。
エースの重圧というものは、私にはわからないが、不登校になってしまうのは困る。
更に、息子がエースな事が気に入らない1人の保護者からもいろいろ言われ、私までも心が折れかけていた。
『最悪。あなたの息子のせいで負けた』
息子は一生懸命やっていた。
サボった事もないし、もちろん負けるつもりでやっていたわけではないだろう。
1番背が高いのにレギュラーになれないのが悔しいのか、いつも目の敵にされていた。
その保護者は、私だけでなく息子にまで攻撃をする。
『息子は一生懸命にやっているだけです。でも今、重圧に押しつぶされそうになっているんです。これ以上潰さないでもらえますか。』
自分の事は一定期間はガマンができたが、子供の事となるとガマンは出来なかった。
更に追い打ちをかけるように、
昼の職場でも、少し重要な仕事をお願いされた。
任された事をしていただけなのに、新しく来た社員に
『パートなんだから言われた事だけしていればいい。』
と言われ、言われた事をしているのに、
パートのくせに調子乗るなと言わんばかりの言われように、私は悲しくなった。
裏で動いていたのはアイコさんだった。
重要な仕事を任された私が気に入らず、
“私が上司とデキているから仕事を任されている”
と、アリもしない噂を流された。
他の主婦たちは、大して気にはしていなかったようだが、アイコさんはありとあらゆる人物に言いふらす。
“田中ちゃんは子供をほったらかして、夜に遊び歩いている”
“色目を使って、上司をうまく転がしている”
それは自分だろ?と思ったが、
反論して無駄なイライラを蓄積したくなかったので、私は何も言わなかった。
スナックでも、ママからチクチク棘を刺される。
お客様への連絡が不十分だという事だった。
オジサンたちからの鬼ラインはすごい。
私もなるべく返信はしているが、24時間スマホをいじっていられるわけではない。
昼の仕事中はスマホを使えないし、仕事以外は家事などをして、ゆっくりスマホを触れる時間なんてない。
ユウやヒロへの返信も遅いのに、オジサンたちの優先順位は低い。
でも連絡をして呼ばなければ、お金にならない。
無限ループ。
もう私のキャパは超えていた。
ついに、息子が朝起きなかった。
『今日は休んでいいから、ゆっくりしなさい』
私は休養も必要だと思い、息子を休ませ、心配だったので自分も昼の仕事を休んで家にいる事にした。
というのは言い訳で、私も行きたくなかったのかも…
息子はもうバレーボールを辞めるかもしれない。こんな事は初めてだった。
どんなにキツイ練習でも、弱音を吐く事もなく頑張ってきた息子。
もったいないけど…無理矢理やらせて息子が壊れてしまうかもしれない。
上を目指すには、強い精神力も必要だ。
けどそれを無理強いできない。
そうこうしているうちに、何故か私の体調が悪くなった。
激しい動悸、息切れ、目眩
立っていられない。
自分に何が起こっているのか、わけもわからず、
とにかく今家に一緒にいる息子に助けを求めた。
息子の顔を見た瞬間、息が上がる。
これは過呼吸だ。
ユウの隣にいつも居たからわかる。
這いつくばって紙袋を手にし、口に当てる。
息子も動転し、スマホで救急車を呼ぼうとしたが、私が止めた。
過呼吸は初めてだった。
ユウはいつもこんな苦しい思いをしているのかと思った。
誰かを呼ぼうとしている息子に、ユウだけは呼ばないでとお願いした。
父親は仕事中だろうし、
ばーちゃんを呼べば余計に心配するだろうし、
ヒロ…
とは言えないので、誰も呼ばなくて大丈夫だと言った。
苦しいけど大丈夫。
暫くしたら落ち着く。
息子の手を握り、息子の方が辛いのに、
私がこんなになってごめんと思う。
倒れるわけにはいかない。
くたばってる暇はない。
何してんだろ私…
過呼吸は落ち着いても、頭がボーッとする。
2階で横になっていると、玄関のチャイムが鳴った。
誰かが階段を駆け上がってきて
『梨花!!!!!!』
ナナだった。
息子が呼んだんだ。
『…ナナ』
私の目は涙でぼやけ、ナナの顔が見えない。
『こんなになるまで一人で何してるの?!なんで連絡しないの?!頼れよ!バカ!!』
ナナも怒りながら泣いていた。
私はいつからか、人に甘えられなくなった。
“甘え上手だね”って、
言葉の棘が刺さってからあまえられなくなった。
人に助けを求めてばっかりだったのに、
“助けて”って一言が言えなくなった。
人が手を貸してくれても、大丈夫と言うようになった。大丈夫ではなかったくせに。
好きな人にも好きと言えない。
嫌いな人にいい顔をするような、そんな奴になってしまった。
正直なところが長所と言われた真っ直ぐな私は、
もういない。
人間と関われば関わるほど、人間が嫌いになり、自分が愚かで残念に思えて、自分が出せなくなった。
なんで、こんなになっちゃったんだろう。
人からどう思われようが、ハッキリしていた、
ブレなかった自分に戻りたいのに、怖くて戻れない自分がいた。
大切な人にさえ…
大切にしてくれている人にさえ、正直になれなくなった。
こんな弱い母親でごめんと悲観する。
気がつけばひとりぼっち。
プラチナの勇気をください。
傷だらけで剥き出しの足に。
あぁどうか笑ってください。
目を伏せて逃げてるあたしを。
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