第14話 怒

昼の職場では、毎週水曜日に主婦たちで休憩中に隣のラーメン屋に行っていた。


私も一応誘ってもらえるが、たまにしか行かない。

子供たちも外食に連れて行ってないので、

私だけラーメンを食べに行く気にもなれず、

たまに気が向いた時にご一緒している。

主婦たちと行っても悪口の話題しかないので、

行っても楽しくないので、なるべく避ける。

隠れ意地悪なアイコさんは、

『どうせ田中ちゃん誘っても来ないよ』

と言っているらしいが、ボス主婦はいつも声をかけてくれる。

ボス主婦はみんなから嫌われてるけど、

きっと裏ボスはアイコさんだと思っている。




アイコさんとはスナックでもほとんど一緒の出勤だった。

でもスナックでは大人しい。

自分の味方になってくれる人がいないから、しおらしくしている。


12月のある日、

この人にだけは絶対にバレたくなかったアイコさんに、ヒロと居る所を見られてしまった。

スナック後にヒロと会って、帰りに私の車の前で代行を待っていると、

アフター帰りのアイコさんと遭遇してしまったのだ。

アイコさんのカンはとても鋭い。

その場はヒロが居たからか、何も言われず普通に帰っていったが、何を言われるかわからない昼の仕事へ行くのが憂鬱でたまらなかった。



『もしかしてヒロくんとデキてるの?』


うわー。さっそく来ましたよ。


『いえ!たまたま会って話してただけですよ!』


『そんな風には見えなかったけどねぇ。ほんと田中ちゃんて歳下キラーだね!サイテ〜』

と笑っていた。


何もサイテーな事はしてないので、気にするもんか!

と頭では思うのに、心がイライラ、イライラする。


昼の職場では、学生バイトもいて、学生から見て主婦は怖い存在らしく、ほとんどの子がわからない事を私に聞いてくる。

それも気に入らないらしい。


更には水曜日、休憩のラーメンランチに誘われ、お金な無いから行かないと断った。

子供の誕生日だったので、ケーキ買って帰らなきゃと言ったら

『田中ちゃんって、うちらのランチは断るくせに子供のケーキは買えるんだね〜サイテ〜』

って。

…。

それは比べ物にならないんですけど…

何でそんなこと言われなきゃいけないんだろう。

いちいち“サイテー”と言われる事に本当に腹が立った。

その言葉は、そっくりそのままお返ししたい。



日頃からそんな事を言われ続け、私のイライラが沸騰していたある日。

スナックに川辺さんがヒロを連れてやってきた。

よりにもよってママとアイコさんと私が席につかされ、

ママはヒロの隣、

アイコさんが川辺さんの隣、

私は一人で座るかたちになった。

まさに地獄絵図。


普通に談笑する中、ママもアイコさんも、私とヒロを観察する様に見ていた。

『ユキちゃんてほんと歳下キラーなんですよ〜。すーぐ若い子に手出して〜。ほんと放っておけないんですよこの子〜』

アイコさんが川辺さんに言う。

歳下がユキの事好きなんじゃないのか?と川辺さんは笑う。

『ほんとイケメンばっかり持ってくんだよユキは〜ねぇー?』

ママもその会話に乗った。

私は頑張って笑顔を作り、そんな事無いと思いますけどねと、怒りを押し殺した。


ヒロとの事は、スナックでは言わない方が良さそうだねと結論が出て、お互いに気をつけていた…のに、ヒロは面白がって私を煽る。

『俺まじでユキさん好きっす!!』

とニヤニヤ笑う。

おーい。後で覚えとけよ〜と思いつつ、内心嬉しい。


『またそーやって歳下誑かしてー!ほんとサイテ〜』

アイコさんのこの言葉は、起爆剤だった。

ついカッとなってしまった私は、アイコさんに掴みかかり、

『いい加減にしてください。私、あの事許してないですから。』


周りがビックリして、しんとなる。



私も自分のした行動にビックリして涙が出てきた。


『ごめんなさい…』


泣きながら謝る私をママがおいでと、ちょっとごめんなさいねと川辺さんに断って更衣室に連れ込む。


『あんたとアイの間に何があるか分からないけど、今は仕事中だからね?』

ママは怒っている。

当たり前だ。

お店の最中にこんな事をして、悪いのは私だと、自分でもわかっている。

お酒で自分のセーブが効かなかった事に、自分でガッカリして、謝罪しかない。

『何があったかなんてどうでもいいわ!子供じゃないんだから、落ち着きなさい。』

ごもっともだった。


『本当にごめんなさい。帰ってもいいですか。』

申し訳なさと、後悔と…私はいたたまれなくなって、もうこの場には居れないと思った。


『わかったから頭を冷やしなさい。川辺さんたちには酔ってるから帰らせるって言うからね。』

と帰宅する事になった。


あの事とは、アイコさんが不倫を私に擦り付けようとした事だ。

それがどうしても許せず、引きずっている中、

サイテーサイテーと言われる事がずっと脳みそを掻きむしっていた。


ママに対してのごめんなさいと、

アイコさんに対しての怒りと、

私の頭と心はぐちゃぐちゃだった。



お店を出ると、すぐさまヒロから連絡が来た。

“どうした?車で待ってて”

私は返信はせず、でもヒロにも会いたくて、

代行は呼ばずに車で眠ってしまった。


ヒロからの着信で起きて、気づけば夜中の1時過ぎだった。

お店終わったんだ…

ヒロのもとへ行くと、川辺さんも一緒にいた。

ごめんなさいと謝り、居酒屋へ入る。


『おいーお前らデキてるのか?いつからなんだ?早くに教えてくれれば良かったのに!ほらユキ飲め飲め。で、あのアイコっておばちゃん、ユキが不倫を自分のせいにしてきたって言ってたぞ』


川辺さんの言葉に耳を疑った。

私が不倫して、それをアイコさんのせいにしたって事?

もう、怒りというよりも、悲しくなってきた。

あの人はどこまで腐っているんだろう。


ただ、アイコさんの不倫を私の口から言う事もできず、

『私はそんな事していません。』

これしか言えなかった。


お前が嘘ついてるとは思えないけどなと川辺さんも言ってくれて、私は自分のした行動に謝罪した。

『それよりお前らはいつ、どうなってどうなったんだ?』

川辺さんの興味はそれしかなかった様だ(笑)


今までの事と、私に子供がいる事、いろんな事を川辺さんに話した。

『どうりで、ヒロがスナック行きたいって言ってたんだよ。珍しいなと思ってな。そーかそーか、まぁ子供がいるってのは想定内だな!結構な大きさの子供だったのは想定外だけどな(笑)将来はうちのバレーチームだな!』

川辺さんはご機嫌だった。

モテるくせにずっと彼女がいなかったらしいヒロに、やっと好きな人が出来たのかと喜んでくれた。

子供がいるなら、もう遅いから帰るかと言う川辺さんに、明日は子供たちも久しぶりのオフで何もないし、家には祖母も居るからまだ大丈夫だと伝えると

『じゃあほら!』

一万円を渡された。

『お前らそれでそこのラブホでも行ってこい!俺からのお祝いだ!』

ワハハと大きく笑う川辺さんに、ヒロも私も大笑いした。



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