第13話 喜

私はもうすぐ32歳の誕生日を迎える。



毎年、誕生日は家で子供たちと過ごす。

子供たちが少ないお小遣いで、ちゃんと名前の入ったケーキを買ってきてくれる。


そしてその名前はフルネーム(笑)


お年頃の長男は

“ママ”と書いてくれと、店員さんに言えないんだと思う(笑)

よく行く近所のケーキ屋さんは昔からある老舗で、今年もまたフルネームオーダーの子が来たと思うんだろう(笑)

私も買いに行っているお店だが、名乗る場面が無いので、まさか私が“田中 梨花”だとは思っていないと思う(笑)

私のこの世で1番大好きなケーキだ。




10月に入り、誕生月という事で、

『ユキ!稼ぎ時だからね!』

と、ママからのプレッシャーがすごい。

きっとユミもプレッシャーだと思う。

去年はダントツNo.1だったユミに、

確実にユキが迫っている。というか並んでいる。

むしろ、積極的に同伴をしている私の方が勝っているかもしれない。

私はユミを蹴落としたいわけではない。

そんな事を望んでいるわけではない。

稼ぎたいのが第一だったが、ママから文句言われたくないのもあった。

この店では、ママから気に入られる事が1番稼げる。

ママに嫌われたら終わりなのだ。

この店に執着しているわけではないけれど、

今の私にとって1番手っ取り早く稼げる。

昼の仕事のお給料は、保険や光熱費、学校のお金など、引き落とされるものだけで消える。

スナックで稼いだお金で食費や遠征費、生活に必要なものなどに使い、本当にその日暮らし状態。

お財布には小銭程度しか入ってない。

育ち盛りの子供を3人も育てるシングルマザーの、これが現実だった。

貯金なんて出来ず、後にかかるお金より、今のお金が必要だった。

本当は生命保険もやめたかったが、万が一の時に子供たちに残してやれるものがないので、簡単にやめるわけにもいかない。

『クラブチームなんて辞めさせたら?』

とアイコさんに言われたが、

子供たちのやりたい事を、お金がないからという理由で諦めさせたくなかった。

私のワガママなんだろうか…


『頑固だよね〜田中ちゃんは。まー頑張って!』

嫌味の様にアイコさんに言われる。

昼の職場では、アイコさんの方が立場が上で、小汚い手を使って権力を握っているが、

夜のスナックでは人気もなく、ママからも私以上に嫌われている。いい気味だ。



お店の中は、ユミとユキへの花でいっぱいになった。

出勤すると、いつも財布の紐が固いお金持ちのオジサンも、シャンパンを入れてくれる。

私はお酒を飲む子と認識されていて、高いシャンパンもたくさん入れてもらえた。

ユミはお酒を飲まないのが知られているので、どうせ飲まないでしょ?と、安いシャンパンしか入らなかった。

『私が飲むからユミちゃんにもいいシャンパン入れてくださいよ〜』

と、ユミの応援までする私はどこまでお人好しなのだろう。

今月は出勤の度に入るシャンパンを飲みまくり、お店が閉店する頃にはベロベロで、次の日も早かったのでヒロとは会わずにいた。


誕生日当日は家に居たいので出勤はできないとママに伝えると

『1番稼げるのにバカだねー。』

の一言。

これは私を思っての言葉ではない。

お店の売上の為だ。

経営者なのだから当たり前なのだろうけど、

働いてくれてありがとう

働かせてもらってありがとう

そういうお互い様でいたかった、と思うそれはただの私のエゴなのだろうか。


誕生日前日、

当日は来ないから今日は頑張ろうと、張り切って出勤した。

たくさんのオジサンたちがご飯に誘ってくれる中、今日私が同伴相手に選んだのは松山さん。

私の初めてのお客様になってくれた人。

なぜ松山さんの様な、夜の世界を知り尽くした人が、イモな私に付き合ってくれるのかは今だに謎だが。


『私がこの1年頑張れたのは松山さんのおかげです。本当にありがとう。』


『お前はな、原石だと思ったんだよ。最初はほんとイモだったけどな(笑)ぜんぜん女っぽくねぇ、色気もねぇ、なんだこのイモはと思ったよ(笑)』


『はい。イモですよ今も!(笑)

でも少しは皮も剥けたかなぁって思うんだけど、間違ってる?(笑)』


『変わったよなぁお前。色気なんて出しやがって。恋でもしたんか?』


『松山さんに恋してますね(笑)大好きですもん!』


『成長したな!お前が好きなのは、俺の金だろ?』


そんな事は思ってない。

プレゼントもいらないし、スナックでなくプライベートで飲みに行きたいくらいだった。


『今日はプレゼント用意してねーぞ』


『いいですよ。私は何も欲しくない。』


『そういうとこだよイモは。もっと欲を出せ。まぁお前には無理かもだけどな!』


松山さんはその日、30万円のシャンパンを入れてくれた。田舎のスナックでは、最高級のシャンパンだった。


『ちょっとー!松山さん何で?私ですら滅多に飲めないのに!』

ママもビックリしていた。

このシャンパンをお目にかけられるのは、ママの誕生日くらいだからだ。


プレゼントは無いと言っていた松山さん。

最高級のプレゼント、ありがとう。

12時ちょうどに、ママがドリカムの

HAPPY HAPPY BIRTHDAY

を歌ってくれた。


この日は土曜日だった事もあり、たくさんのお客様がお祝いしに来てくれて、今月1の売上だった。


『お疲れユキ!よく頑張った!今月あんたNo.1だわ!よくやったね!』

初めてちゃんとママに褒められた気がする。

それが店の売上だとしても。


頑張って駆け抜けた10月。

本当に頑張った。疲れた。



帰り際、駐車場へ向かうと、

ヒロが待っていた。

『ヒロ!どーしたの?』


『行こう』

またドライブへと車が動き出す。

約1ヶ月会ってなかったヒロ。

酔っていたせいか、すごくヒロに触れたかった。

『なんで誕生日黙ってたの?』

ヒロは少し不機嫌そうだった。

誕生日だと言ったところで、こんな歳下の子に祝えと言う様で言えなかった。

『川辺さんに聞いたの?ごめんね黙ってて。またババアに1UPしたよ(笑)』


『誕生日なら言えよ』


怒ってるのかな?

彼氏でもないし、友達なら言うべきだったのだろうか?

『俺だって祝いたかったんだけど』

やっぱり怒っている。


『ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど…ありがとうね。』


『はい、これ』

小さめの箱だった。

『誕生日おめでとう』

ぶっきらぼうな言い方だった。


『ありがとう!!!何何?開けるよー』

この大きさは…指輪?んなわけないか。

中には星の形をしたピアスが入っていた。


『可愛い!ありがとうヒロ!大切にするね』

嬉しさを隠せず、ニヤニヤが止まらない。


『俺って…ユキの何?』

…ですよね。

珍しく不機嫌らしい。

そしてこの質問の答えに私は困った。

好きだと伝えたいけど、伝えられない。

泣くな。

絶対に泣くな!!

と自分に言い聞かせる。


『そっちに行ってもいい?』


『え。それはちょっと…』

…ですよね。

今、私たちが座っているのは

車の運転席と助手席。

断られるのも当たり前だ。


吹き出す様にヒロが笑いだし、

後ろの席に行こうと言った。


なんだか照れるけど、今ものすごくヒロに触れたいのです。


くっついて座るヒロの肩に頭を乗せ、

『あのね、このままでいいんだ。私すごく幸せ!でもね、こんなしてたらヒロの彼女に怒られるよね!あーーーー羨ましいなヒロの彼女』

なぜ自分でもこんな事を言っているのか、よくわからなかった。


『てゆーか、いつ俺に彼女がいたんだよ?いないし!しばらくずっといないし!じゃなきゃユキに会わないし!』


『ねぇ、なんでそんなにイケメンで彼女いないの?イケメンなだけで、何か問題でもあるの?なんなの?』


『悪いけど、俺も今めちゃくちゃ幸せだ』


ヒロに抱きしめられると、アンティークローズの香りを今までで1番強く感じた。

涙が零れ落ちて、もう今日でこの関係は終わりだと思った。

話さなきゃ。

話さなきゃ。

話さなきゃ。


話さなきゃと思いながら、離したくなかった。

『あのね、私の本名はリカでね、…バツイチでね、子供もいるの…』


話してしまった。

でもヒロは離してくれなかった。

『だからね、ヒロはちゃんとした彼女作って、もう私のとこに来ちゃだめだよ。』

なんて泣き虫なんだろう。

何回ないただろう。

涙ってこんなに出るもんなんだね。


『じゃあ、俺、子供たちに会ったら何て言おうかな。新しい仮面ライダーのお兄さんだよって言おうかな。』

ヒロの顔は優しかった。


『ごめん、もう仮面ライダー見てる様な年齢じゃないくらいデカイ。』


『え』

その時のヒロのビックリした顔に、つい私も笑ってしまった。


『それは関係あるの?バツイチだとか、子供がいるからとか。だからダメなんてないっしょ。

そんなこと言っても嫌いにならないけどね』

その言葉に更に涙が…

『じゃ早く卒業して働かなきゃな』


????????

『ねぇ?高校生じゃないよね?』


『んなわけねーじゃん(笑)俺、大学生。』


『やだーーー学生だったの?!?!』


こんな時間に私の所に来るし、てかまさか学生だと思わなかった。

ますます私は何してんだろうと驚いた?ショック?ではないんだけど、なんだか不思議な複雑さだった。

32歳になったオバサンが、学生の子に恋してるなんて。

『待て待て待て。何歳?』


『23だけど、最初に言ったと思うけど?』


良かったーーーーー9個下だったーーーー

ん?良かったのか?9歳下!


ビックリして私はパニックだった。


『相手が子持ち32歳のオバサンじゃ、誰にも言えないよ!やめとけ!』


『オバサンて言うのやめろよ!ぜんぜんオバサンじゃないし!禁止ねそれ。普通に紹介するけどダメ?』


『ごめん、私が紹介されたくないかも…てか何て紹介するのよ?』


『彼女』


『うーん…考えとくね。』


私のカミングアウトは何事も無かったかの様に流された。

とにかくくっついていたくて、キスするか、しないかの様なじゃれ合いをしながら、初めてお互いの事を話した10月最後の土曜日。

でも私は結局、好きだとは伝えられなかったし、ヒロからも決定的な好きはもらえなかった。


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