第10話 くじら12号
昼間は昼の仕事をし、
夕方から子供たちのバレーボール、
バレーボールの無い日はスナック、
土日の昼間はバレーボールで夜はスナック、
ユウ、ナナとも連絡は取ってるが会うことも少なくなり、忙しい日々が続いていた。
『身体壊さない様にね。』
母親も心配していた。
心配されるのも無理はない。
3〜4時間しか睡眠時間がなく、
その上スナックへ行くと大量のアルコールを摂取する。
私は本当に早死してしまうんではなかろうか…
いいや!私は生きるぞ!
孫の顔み見るまで死ねない!
まずは稼いで、生活を楽にするんだ!
気合は充分だった。
スナックの方は、着々とお客様と連絡先を交換し、同伴も多くなった。
同伴が多くなれば多くなるほど、早い時間に家を出る事も多くなる。
急いで夕飯を作り、母親であるばーちゃんに子供たちをお願いして、スナックへ出勤していた。
同伴でご飯へ行くと、いつも高級な料理で、私の口には合わなかった。
私だけこんないいものを食べてごめんねと、子供たちに心の中で謝った。
ご飯を食べるだけでなく、買い物に連れて行ってくれる人もいた。
高価なアクセサリーをプレゼントしてくれるオジサンたち。
私は高価なアクセサリーなんて、趣味ではないし、欲しくもない。
欲しいものといえば子供たちの服なんだが、さすがにそんな事は言えず、不要なものばかりが増えていった。
しかも、買ってもらったところで家にも持って帰れない。
母親に、これはどうしたのかと聞かれても困る。
お客様が増えても、相変わらずママからはキツく当たられていた。
ある時、ママが飼っている犬が出産したそうで、
『犬ってすごいんだよ〜自分で産んで自分で育てるんだから!人間の母親よりぜんぜんすごいんだよ〜』
と、お客様に言っていた。
すごいよ、犬は。
すごいよ、犬も。
でもね、人間もすごいよ。
人間の母親も、頑張ってるよ。
心無い言葉が、私の心臓にチクチク針を刺す。
とてもシラフで聞いていれず、お酒を飲む事で怒りやチクチクを中和した。
酒を飲まないとやってられないって、こういう事だ。
松山さんがよく同伴をしてくれて、
他の人とダブルブッキングになりそうになると、そっちと行ってこいと背中を押してくれた。
だんだんと他の人との同伴が増えても、私が出勤する日には、必ず来てくれた松山さん。
松山さんと一緒にいると、ママの私への攻撃も少なくて済む。
そして川辺さんとも仲良くなった私は、
川辺さんがお店に来ると言う日は出勤する様にしていた。
またヒロくんに会えるかもしれないから
なんて、淡い期待を抱いていたが、なかなか連れてきてはくれなかった。
スナックのお給料日。
『まぁユキも頑張ってるからね。これからも頑張って飲むんだよ。』
ママに使えると判断された私は、まだNo.1ではないが、個人売上で少しだけボーナスが貰える様になった。
絶対にNo.1になって、ギャフンと言わせてやる。
そう思うと、張り切って働く事ができた。
その相乗効果で、たくさんのオジサンたちに気に入られていった。
毎回毎回、同伴して、クタクタだがお酒を飲んだ事により、脳が馬鹿になってお腹がすく。
そうすると、自然とアフターへも行ってしまう。
デブになっちゃうかもしれない…
ある日、アフターへと向かう途中に、駐車場近くにヒロくんの車があった…
気がした。
なんでこんなに気になってんだろ?
若い子に目が眩んでるのかな。
そんな事を考えていると、目の前にアフターで一緒にラーメンを食べているオジサンが急に嫌になる。
悪い人じゃないのに。
夜中の食事を終え、オジサンと別れて駐車場へ向かう。
代行を呼ぼうとすると、私の横に車が止まった。
『おねぇさーん。ドライブでもどうですかー?』
ヒロくんだった。
お腹もいっぱいで眠たい。
しかもあと4時間後には起きないといけない。
『じゃー海まで!お願いしまーす!』
迷うことなく、車に乗り込む私。
JUDY AND MARYの曲が流れ、
アンティークローズの香りがする車の中。
久しぶりとヒロくんとの会話。
(正確にはまだ会話はしてない)
なんだか、心地よすぎて…
眠ってしまった。
起きてビックリ海にいた。
ごめん寝てた!!とビックリしてる私に、
『何もしてないから安心して』
と笑うヒロくん。
『ねぇ、暇なの?って言ってもこんな時間だけど!3時だよ?何してたの?』
ほんと、なんでこんな時間にあんなとこに居たんだろ。
デート帰りなのかな?
『なんとなく、ドライブしたくなったから。でもユキさん眠いね。帰る?』
いまいち掴めないヒロくん。
『もう少しだけドライブしたい!』
『ユキさん寝るじゃん』
『ごめん!!もう寝ない!!』
『じゃーガンガンジュディマリかけるよ』
『おけー!もう寝ないよ(笑)』
くじら12号が流れ、一緒に鼻歌を歌った。
♪ドルフィンキックでしびれてみたいな
の所だけ、2人で大きい声を出して笑った。
『ユキさんてさ、会った時から思ってたんだけど、YUKIちゃんに似てるよね。』
『ねぇ、そんな事言ったら全国のYUKI信者にボコボコにされるよ!私が!(笑)こんなババアが!』
『ババアって言わない!ババアじゃないよ』
そんな風に言ってくれてアリガトねと思う。
『楽しいね!ユキさん眠そうだけど(笑)』
こんな若いイケメンに言われると、くすぐったい。
運転しているヒロくんの横顔は、
横顔も、本当にイケメンだった。
イケメンだけど、控えめというか、イケメンを自覚してない所が、いいね!と思った。
好きな音楽、好きな匂い、気持ちいい風、
本当に心地よすぎて…眠かった(笑)
もう少しだけ、このままいたいのに、眠くて眠くて、
『帰ろうか』
と言うと、助手席に手を伸ばされ、思わず身構えてしまった。
『少しだけ寝てれば?』
と、シートを倒してくれただけだった。
私ってば…欲求不満か(笑)
何かされると勘違いしていた。
恥ずかしくなり、ヒロくんの顔も見れず、眠気も吹っ飛ぶ。
この歳になって、久しぶりすぎるドキドキに、
それとも酔っ払っていたせいなのか、
なんだかフワフワしている気分だった。
一体、何してんだ私。
『あのさ、知らない人を、車に乗せない方がいいよ?』
と、私が乗ってるくせに、言ってみた。
『知らなくないじゃん。ユキさんじゃん。』
『知らないも同然じゃない?てゆーか3回くらいしか会ったことないし!』
そうだ。まだ顔を合わせたのは今日で3回目だ。
自分で言って自分で気づいた。
『ユキさんを誘いたかったんだよね。俺の周りにジュディマリ知ってる人少ないし』
それが理由かい!と思ったが、誘いたかったという言葉に心が弾んだ。
『今日はもう帰ろうかな。でもさ、また…気が向いたらドライブして!』
このまま居たら、私が危ないやつになりそうだった。
連絡先を交換し、連絡すると言って別れた。
YUKI好き。
レノアハピネスの柔軟剤の香り。
若い。
それしか知らないヒロくんの事。
それ以外、何も知らない。
何の仕事をしているのか、
どこに住んでるのか、
彼女はいるのか、
なんなら年齢も知らない。
何も知らないのだ。
次の日、私は思わずユウに連絡をした。
『ユウ!!どうしよう!!』
『今度は何?!』
また何かしたのかと、心配するユウに
『なんか私変なんだよね!!』
『元から変じゃん』
と呆れられた。
『あーーーーやばい。ドルフィンキックでしびれるわ』
ジタバタしてユウの顔を見れない私に
『なんなの?遂に薬にでも手出しちゃった?ダメだよそれは!それとも何?またオトコ?』
『いや…その…海にハマった』
『ダメだわ。遂におかしくなったのね。ちょっとゆっくり寝た方がいいよ!寝ないから脳までおかしくなっちゃったんだよ!』
と、呆れられながら心配され、この日はユウに打ち明ける事ができなかった。
とりあえずまだ…まだわからん。
これは…何なのか…
まだ、わからん。
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