第9話 覚醒

『川辺さんいらっしゃ〜い』


あれから1ヶ月半。

一人で来た川辺さんに、申し訳ないがガッカリしてしまった。

川辺さんを席に案内し、お酒を作りながら、今日はお一人なんですねと声をかける。

『なんだユキ、お前もヒロ目当てなのか?ヒロはダメだぞ!ママのお気に入りだからな。みんなしてヒロばっかりだな』

と笑った。

あの日ドライブした事は聞いてない様だった。


『違いますよ〜この前賑やかだったから、今日はゆっくり飲めますねって!』

ごまかしたが、本当は残念だった。

また会いたい。

これは変な意味でなく、ただ同じものが好きな気の合う人と話がしたかった。


『まーまた来週連れてくるから!一週間後の試合の後で、またあいつら連れてくるよ』



一週間後の土曜日か。

絶対に出勤しよう。



あの日から、しばらく聞いていなかった

JUDY AND MARYのCDを探し出して

ずっと聴いている。

長い間聴いてなくても、大好きだったからか

曲や歌詞までもよく覚えているものだ。

会いたいと思うと、JUDY AND MARY初期の曲

“あいたくて”

が頭から離れなかった。

もうすぐ5月になるしね。




それにしてもバレーボールの試合か。

私の子供たちもバレーボールをしている。

見てみたいなぁ。

でもバレーボール繋がりで、どっかでバッタリ会ったりしないのかな?

そしたらバレちゃう。そしたらどーしよう…

流石に大人と子供じゃ一緒になる事もないか。

なども考えた。




次の週の土曜日。

私はヒロくんにもう一度会いたくて出勤した。


川辺さんは言っていた通り、バレーチームのみんなを連れて飲みに来た。

出迎えてヒロくんを見つける。

だがヒロくんは私に素っ気なく挨拶し、席へ行ってしまった。

私も川辺さんの席に付きたかったが、その日はお酒を飲めば金額が上がりそうなお客様ばかりだったので、大人数でも単価の上がらない若い子たちの席に私は行けなかった。

ヒロくんは途中ですれ違っても、見向きもしてくれない。

まるで知らない人の様に。

そうだよね…あの日はたまたまヒマで、たまたま私がいただけ。

キャーキャー騒がない、色目を使ってこなそうなオバサンの私がたまたま選ばれただけ。

何をガッカリしてるんだ私は。

若いイケメンに気を取られるなんて、ごめんよ子供たち。

結局、川辺さんたちの席には付けず、ヒロくんとも話せなかった。


その日もママはご機嫌でヒロくんの隣を陣取っていた。




4月末の日。

長男の具合が悪く、スナックで働いている途中で祖母から連絡が来た。

店は忙しかったが、子供が具合悪いので上がらせてもらおうとママに言うと、

『これだから子供がいるとね〜。ばーちゃんいるのにユキが帰らないといけないの?せっかくゴールデンウイーク前の稼ぎ時なのに使えないね〜』

同じ女なのに。ママだってこれから先、子供を産むかもしれないのに。

私の本業は母親なのでと言いたかったが、そんな火に油を注ぐ事を言っても無駄だと思い、グッと堪えて嫌味を受け取った。


夜間急患センターへ行き、子供は胃腸炎だった。

次の日も出勤が入っていた私は、子供の体調がまだ良くないので、お休みをさせてほしいと連絡すると、

『熱がないなら出てこれるでしょ?こっちは仕事なんだよ!あんたも稼ぎたくて来てるんでしょ?急に穴あけられると困るんだけど!!』

『そーやって母親だからって言えばいいと思ってるの?ちょっと子供がいるからって、馬鹿にすんじゃないよ!』

ものすごい勢いで怒られた。

私だって、お金が欲しいから働かせてもらっている。

子供の為じゃなければ働いてないわけで、その子供を無下にしてまで置いて行きたくない。

でも仕事だとはわかっているから、急に休むとなると迷惑がかかってしまうのはわかる。

それに1日の収入が大きいので尚更ダメージもでかい。

わかってはいるけど、どうしたらいいのか、私もわからない。

来月にある子供の遠征費用の為に、私だって休んでいる場合ではなかった。



結局、症状は落ち着いてるから行っておいでと祖母が言ってくれて、私は出勤した。

その日はアイコさんも出勤だった。

『子供たち置いてよく出てこれるね』

と嫌味を言われたが、それはこっちの台詞だ。

アイコさんは、旦那さんもいるのにここへ来ている。

お金に困っているんじゃなくて、自分のお小遣い稼ぎだった。


『ほら、出てこれるんじゃん。簡単に休んでないで稼ぎな!』

ママに冷たく言われながらも、頑張ろうと耐える事にした。

今日もお客様はたくさん入っている。

私はママから、高いお酒を入れれそうな席へ行く様に指示された。

『ごめんなさい、今日はまた子供に何があるかわからないので、お酒は飲みません。』

と断ると、

『はぁ?あんたが飲まないなら価値ないじゃん!酒飲む事だけが取り柄のくせに、飲まないなら使えねー』

そうだね。私はいい金稼ぎの道具だもんね。

もう、今すぐ辞めたい気分だった。

でも辞めるわけにはいかない。

いま私が辞めたら、来月の遠征代が払えない。ここを辞めたら、子供たちが頑張っているバレーボールを続けさせてあげられない。

いろいろなモヤモヤ、怒り、悲しみに支配され、頭がおかしくなりそうだった。


『わかりました。飲みます。』

ヤケクソだったのか、イライラしてたからなのか、私はその日、めちゃくちゃに酒を飲んだ。

どの席でも、誰よりも、たくさん稼いだ。

その稼いだお金は私のところへくる事はない。全てママのものになるのはわかっていながら。

『すごいじゃんユキ!あんたが飲めば金になるんだから、じゃ、来週もよろしく!』

帰り際ママにこんな事を言われた。


私、こんな事してたら死んでしまう。

何も手に入らず、死ぬかもしれない。

虚しさだけが残り、酔って足元がおぼつかない中とぼとぼと歩いてクルマへ向かうと、視線の先にヒロくんを見つけた。


『おつかれ』

私を待っていたのではないと知りながら、待っていたかの様に前回と同じ場所にいるヒロくんに泣きそうになる。

またドライブに連れてってほしい…

『ヒロ〜♡』

後ろからママの声が聞こえ、私の涙は引っ込んだ。

『何してんのユキ。ヒロに手ぇ出さないでね。』

小声で私の横を通り過ぎ、ヒロくんに駆け寄って甘えるママ。

私は見てみぬふりをして急いで自分の車に向かった。

代行で帰る途中、無理矢理ママに連れられて歩いてるヒロくんを見た。


このままやられっぱなしでは悔しい。

最近の店での私は調子もいいし、このまま道具にされてボロボロにされるのはごめんだ。

自分で稼いだ分は自分のものにしないと。

もしかしたら…

いや…若い女の子もいるから無理かな…

でも確実に私の存在は出てきている。

指名も増えてるし、これからはちゃんと連絡先を聞いて、そのお客様たちを自分で呼べば

もしかしたら…No.1を取れるかもしれない。


いや、No.1を取ろう。

できる。

絶対できる。

若い子にはできない、私にしかできない事がある。

32歳までの目標にしよう。

あと半年で、絶対にNo.1を取ってみせる。


なぜか自信があった。

若い子の中での、31歳だけど、

私は出来る。

No.1になれる。



その時、スマホが鳴った。

“来週は出勤か?飯でもどうだ?”

松山さんはエスパーなんだろうかと笑った。





私の中でJUDY AND MARYの

SLAP DASH!

が流れていた。



♪暗闇におびえ眠るのはイヤヨ

イヤヨ

根拠も何もない

あふれる自信は

膨張している

宇宙のようだわ

おいしい話も

つまらないテレビも

愛想笑いも

動かない事実も

何も聞こえない

何も気にしない

何も聞こえない

何も気にしない

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