第8話 RADIO

魔性の女・アイコさんも“アイ”という源氏名で、一緒にスナックで働き始めた。


どうせここでも上手くやるんだろうと思っていたが、案外オジサンたちには不評だった。

20代の女の子が多い中、40歳近くのぶりっ子は、とても痛く見えるらしい。

昼間は通用するが、夜は通用しない。

私は少しいい気味だった。


ママはアイコさんの事も気に入らない様で、

『またイモ娘が増えたよ』

と言っていたが、私もそのイモの一部だ。


そのイモ1号の私、ユキはというと、

確実に人気を集め、お客様がたくさん付くようになった。

相変わらず、他の子の客を取るな、他の子が連絡取ってるから売上は他の子の売上だよ、と言われるが、もう言いたいだけ言ってろと思う様になり、とにかく楽しみながらやろうと前向きに考えた。

同伴やアフターに誘われる事も多くなり、

ユキ目当てで来てくれるオジサンも確実に増えていた。


若い子は本当に可愛い。

でも可愛いだけなのだ。

ニコニコしているだけで、会話も中身が無ければ酒も飲まない。ノリも悪い。

オジサンたちには酒飲みの会話も成り立つ、31歳がちょうどいいんだ。

これでオジサンたちにも嫌われたら、本当に働けなくなってしまうので、とにかくオジサンたちにおもてなし。頑張ろう。


そんなある日、常連客の川辺さんがやっているバレーボールチームの若い男の子たちを連れて来店した。

背の高い若い男の子たちがゾロゾロとやってきて、アイコさんと私はそのテーブルに付かされた。

こういうお店は初めてなのか、はしゃぐ若い男の子たち。私たちと一緒に席に付いた、若い女の子たちにウハウハだったので、私はお酒を作る事に専念した。

アイコさんは、やはり年増に見えるらしく、オバサン扱いをされていた。いい気味だ。

若い女の子たちにウヒャヒャしてる若い男の子たちの中に、はしゃぐ事もなく、静かにお茶を飲んでいる男の子が一人いた。

『スナック初めて?楽しくない?』

話しかけると、

『楽しくないというか苦手』

と、ぶっきらぼうに答えた。

スラッとした体型に、大きい目、整いすぎな顔、白い肌、まるでモデルさんみたいな子だった。

『ヒロ〜いらっしゃ〜い♡』

ママがその男の子の隣に座る。


ヒロくんというらしい。

ママのお気に入りに見えた。


今日はヒマで、川辺さんと若い男の子たちの団体が閉店までカラオケをしながら賑やかな夜だった。

アイコさんは相手が若かったこともあり、全く相手にされず、お酒も飲んでなかったので先に上がらせられた。いい気味だ。



『ヒロ〜ほんと可愛い〜♡このあとみんなでご飯行こうよ!』

ママが猫なで声でヒロくんを誘った。

気持ち悪。

どう見ても若い男の子に絡むオバサンにしか見えない。

『よーしじゃあみんなでラーメン行くか!』

と、川辺さんがまとめ、閉店後にラーメン屋で待ち合わせとなった。


閉店すると、ママとユキで後片付けをしてから向かうから、先に川辺さんたちと行っててーと若い女の子たちを先に帰らせた。

私と2人っきりになったママは、全ての片付けを私にさせてタバコを吸っていた。

『若い子しかいないけどユキも来るの?』

来てほしくなさそうな雰囲気で私に尋ねる。

『私は帰るので、楽しんできてください』

私が行ったところで蚊帳の外だと思ったので、片付けが終わったらすぐ帰る事にした。

明日の朝も早いし。


片付けを終わらせ、ママと一緒に店を閉めて、店の外で別れた。

今日もお酒をのんだので、代行を呼ぼうとした時、駐車場の外で立っているヒロくんを見つけた。

『ヒロくん!さっきはありがとう。みんなとラーメン行かなかったの?』

ビックリした顔で私を見た。

『いや…なんか面倒くさくて。あ、ユキさん、ちょっとドライブしない?ごめん、嫌ならいいよ』


オジサンに誘われて行ったスナックがつまらなくて先に帰り、でも若いからまだきっと元気を持て余してるんだなと思った。

『いいけど。。。少しだけね!明日も朝早いんだー!あと、オバサンだけど襲うなよ(笑)』

自虐して、私はヒロくんのヒマに付き合う事にした。


お店のルールで、お客様の車には乗っては行けないことになっている。

危険だからだ。


他にもお店のルールはいくつかあった。

同伴やアフターでのリスクを減らすために、

ミニスカートでの出勤禁止。

お店の個室禁止。

変な人だと思ったら報告。


ママの、働く女の子を守ろうとする姿勢はよく感じられた。


また、お客様との男女の関係禁止。

そりゃそうだろう。

働き始めて改めてよくわかったが、

それは絶対にない。

他の人はわからないが、少なくとも私は。

前に何かあったのか???




ヒロくんの車に乗ると、甘い柔軟剤の香りがした。

『これ、レノアハピネスのピンクの匂いだ!』

私も使っていて好きな匂いなのですぐにわかった。


『よくわかったね。俺この匂い好きなんだよね』

ヒロくんが笑った。

その笑顔は眩しすぎた(笑)

本当に顔が整っていて、今まで見た男の人の中で1番のイケメンだと思った。


『でもなかなか男の人でこの柔軟剤使ってる人いなくない?彼女だなー!』

私の質問に、ヒロくんは何も言わずに笑った。


車は海沿いを走っている。

今日初めて会った、会ったばかり、しかもスナックで、お客様と夜の女、更に若いのとオバサン、私はお母さんだし、会話が弾むわけもなかった。

でも黙っていても、不快感は不思議となかった。

流れている音楽を口ずさむ







え?

これって…

『ねぇ、これラジオ?』


『うん、RADIO』


『違う違う!ラジオで流れてるの?』


『いや、俺が流してる』


『え!どーして?知ってるの?JUDY AND MARY!』


『知ってる。好きなんだ』



間違いなく、流れているのは

JUDY AND MARYのRADIOだった。


JUDY AND MARYは、私が小学生の時から好きだったバンドで、もう10年くらい前に解散してしまっている。

ヒロくんが知ってるわけない?

きっと私よりもだいぶ若い。

お母さんが好きだったとかなのか?


『俺がYUKIちゃん好きなんだよね。可愛いよね』


『まじー?!私も好きなの!!ほんと神!!!』


『神なんだ(笑)』


私は何故か大興奮で一気にテンションが上がった。

『だからユキなの?本名はなに?』

聞かれて、一気に恥ずかしくなった。

JUDY AND MARYのYUKIちゃんとは似ても似つかない私がユキと名乗ってることが、急に恥ずかしくなった。

『本名はヒミツ!』


お店のルールで、本名も証してはいけない。


♪RADIOのボリュームをちょっとあげて

ゆううつなシュールDAYSこえるわ




ヒロくんはそのままJUDY AND MARYの曲を流し続け、特に身のある会話はせずに海沿いを30分くらい2人で歌を口ずさみながらドライブして帰宅した。

春の始まりの海の風は、とても優しかった。



私は単純に、同じ柔軟剤、同じアーティストが好きという事に、一気にヒロくんに親近感が湧いた。

少し残念だが、連絡先は交換しなかったし、歳も違いすぎるし、お店にこない限り、もうあまり会うこともないだろう。



次にスナックへ出勤すると、

この前のアフターにヒロくんが居なかった事に対して、ママが残念だったと話していた。






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