第7話 冤罪
年も明け、昼間の仕事とスナック、どちらも必死で働いていた。
昼間の仕事は、ひとくくりに言えば販売業。
子持ち主婦だらけだ。
こんなにも女が多いと、そりゃあもういろいろな派閥があり、女の世界って怖いものだという見本の様な光景だった。
ボス主婦がいて、その下僕たちがいる。
誰も逆らわないが、ボス主婦が休みの日はボス主婦の悪口大会となる。
ボス主婦が出勤してくると、昨日までの悪口は無かったことの様にボスを奉る。
怖い怖い。
運良く私は何も被害を受けないでいた。
ボス主婦層は10個歳上。
あとのほとんどは学生バイトで、
ちょうど私は中間の年齢だったからか、
ボス主婦たちの洗礼は受けず、何事にも関わらず過ごしてきた。
たった一人、ボス主婦層から若干若い37歳のアイコさんだけが私とよく喋っていた。
アイコさんは私と同じパートだが、この会社の社員で私がいる部署の上司・金子さんと不倫をしていた。
金子さんも奥さんと子供がいるので、ダブル不倫だ。
私は金子さんの奥さんも子供も接点はなく、喋った事もないが、アイコさんは奥さんと元同僚で仲が良かったらしい。
それなのによく不倫なんて出来るなと、私は軽蔑していた。
軽蔑する理由はまだたくさんある。
アイコさんの不倫は、金子さんだけではない。
アイコさんは、人のものを欲しがる、典型的な魔性の女だった。とても器用で何が起きても上手くかわし、自分に不利になる事は絶対にしない。年甲斐もなくぶりっ子。それがまた可愛い。性悪女とでも言おうか。
離婚したばかりの頃に、彼氏でも作ったら?と、合コンを開いてくれたのもアイコさんだった。
その頃の私は店長と付き合う前で、彼氏なんて作る気はなかったが、
せっかくセッティングしてくれた合コンだったので、ただの飲み会のつもりで参加した。
いざ行ってみると既婚者も何人かいて、不倫相手探しの合コンに思えた。
増々萎えた私は、盛り上げ役に徹したわけだが、そのノリを楽しんでくれた人も多かった。
一人の男性がやたらと私のところへ来ていたのだが、後日、アイコさんと関係を持った事を知った。
更に怖かったのが、私はその男性とラインを交換して、何ともないやり取りをしていたが、その内容は全てアイコさんに筒抜けだった。
私からのラインの内容は、全てアイコさんに報告するシステムになっていたようだ。
すごい…
なぜそうなるんだろう?
別に知られてもいいやり取りしかしてないが、めちゃくちゃ怖かった。
後にわかった事だが、アイコさんは私にかなりの敵対心を持っていて、私には何事も負けたくないようだ。
金子さんとの不倫はもう2年ほど続いていて、
私は不倫したての頃にアイコさんから聞いていた。もちろん周りの主婦たちは知らない。
なぜか私だけが知っている。
もちろん反対はしたが、私が止めたところで2人は止まらない。
いつも不倫の話を聞かされていた。
そんなある日、出勤すると、まずいことになったとアイコさんに呼ばれた。
『金子の帰りが遅くて奥さんにバレちゃったみたいでね、奥さんがかなり怒ってて会社に言うって!!しかもね、それが私じゃなくて田中ちゃんが疑われてるらしいの!』
なんじゃそりゃ。
私と金子さんは疑われる様な関係では全くない。ただ一緒に働いているだけだ。
『奥さんは前から田中ちゃんを疑ってたらしいんだよね!この部署に女の子がいるって珍しいじゃん!』
火のないところに煙は立たぬというが、
それが火なのであれば、相当な迷惑な話だ。
女の人がしないような仕事を女がして何が悪い。
『違うって言ってくれたんですよね?私は関係ないし』
と言うと、
『それがさー、夜に会ってるのは田中ちゃんて事にしとけば、うちらの事はバレないかなって!』
は????
何故そうなる?
混乱してビックリして涙が出た。
なんで?
私のせいにするの?
涙が出すぎて止まらなくなる。
『ごめんね〜。そーゆー事だから〜』
と、悪びれもしないアイコさんに腹が立ち、余計に涙が止まらなくなった。
もうお店は開店するのに、店員が泣いてるとまずいと思い、ロッカー室へ行こうとすると
『ダメ!!田中ちゃんが泣いてると、みんな何で泣いてるのってなるでしょ!!』
腕を掴まれ、自分を守るために行く手を塞ぐアイコさんを見て、余計に涙が溢れ出た。
たまたま通りかかったボス主婦に気づかれたが、
『田中ちゃん悩みがあるみたいで〜泣いちゃった〜』
とアイコさんはごまかし、
私と目が合うなり、プイっとそっぽを向いた。
その後も、元気のない私に周りの主婦は、
田中ちゃんどーしたの?と気にかけてくれていたが、
『田中ちゃんプライベートが大変な事になってるみたいよ〜』
と、アイコさんは他人事の様に、まるで奥さんがリークした時は私の事であるかの様な話しぶりだった。
この人は自分を守るために、私を売るんだ。
こんな女は初めて見た。
結果、会社にリークするという奥さんを、金子さんが何とか宥めたらしく、事なきを得たが、
奥さんが店にやってきた時は心臓が止まるかという思いをした。
私は何も悪いことはしてないので、普通にこんにちはと挨拶すると、ツンと無視された。
なんで私がこんな目に…
20代まで、こんな人たちは周りにいなかった。
人に恵まれ、仲間思いの人ばかりに囲まれていた。私も友達たちを大切にしていたし、みんなも大切にしてくれていた、はず。
私が今まで過ごしてきた中には居なかった人間、無かった空間だ。
私がずっとぬるま湯の中にいただけだったのか、こんなにも残酷で糞みたいな人間と世界に絶望した。
なのにどうしてこんなにもお人好しなのだろう。
お金が欲しいと言うアイコさんに頼まれて、スナックの仕事を紹介した。
これからは、昼も夜も 一緒に働く事となる。
ほんとバカだ私。
あんな事をされて、許したわけではない。
でも拒絶できずにいた。
昼の仕事はとても都合良くシフトが組める。
辞めたいほど嫌だったが、夜の仕事のみにして家を空けてしまうわけにもいかない。
こんなにも融通がきく職場はなかなか無いだろうと思うと、今はここでガマンするしかない。
そうなると、アイコさんを敵に回してしまうと余計に自分が辛くなってしまうから。
その時の私は、自分の居心地を考えて、
これは耐えるしかないという結論にいたった。
きっとアイコさんのぶりっ子キャラはモテるだろう。
スナックへ行っても、勝ち誇った顔で私を見るんだろう。
そう思うととても憂鬱だった。
のちに私は、
子供をほったらかして夜のスナックへ行っている。
夜のスナックで飲んで楽しんで子供たちが可哀想だ。
と言われた。
私がスナックへ行っているのは、生活の為、子供たちに不自由ない生活をさせる為、遊びに行ってるわけでもなければ、稼いだお金は自分に使える分なんて無かった。
自分はというと、生活の為に仕方なくスナックで働いていると言った。
私とは違うんだって。
昼間の仕事をやめる時は、
みんなからいい人だと思われているアイコさんの悪行をすべてぶちまけて辞めてやろうと、心に誓った。
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