第6話 クリスマス
『お前、前髪伸ばした方がモテるぞ?』
急に松山さんに言われた。
物心ついた頃からジュディマリのYUKIが大好きだった私は、もう何年も、何十年もパッツン前髪だった。
スナックで働いてることもあるし、前髪伸ばしてみようかなぁと思ったキッカケだった。
不思議な事に、前髪がパッツンじゃなくなった瞬間、オジサンちの私を見る目が変わった気がする。お酒を飲む事も大きかったのだろう。
一気に指名も増え、連絡先も聞かれるようになり、私が呼んだと言えるお客様も増え始めた。
更に不思議な事に、パッツン前髪がないと、知り合いにも私にも気づかれない。
そんなに違うの?!
顔はいじってない。
変わったのは前髪だけだ。
恐るべし前髪。
もうすぐクリスマス。
長男と長女は、もうサンタさんの正体はわかっているが、末っ子はまだサンタさんを信じている。
なので、末っ子と一緒に長男にも長女にもサンタさんにお手紙を書かせている。
今年のお願いしたプレゼントは…
長男・自転車
長女・ゲーム機
末っ子・パソコン
…パソコン。
まだ保育園児なんですけど…
何としてでもサンタさんからプレゼントを届けたい私はスナックの仕事も増やした。
それを聞いた松山さんは、たくさん同伴をしてくれた。
ママからは、相変わらず心無い言葉を投げられていた。
『松山さんも物好きだねー!ユミの方が若くて可愛いのに!ユキなんてただの酔っ払いなのにね』
私に人気が出てきているのが気に入らないらしい。
本当はこういう事も松山さんに話したい。
でも松山さんはママと昔からの付き合いで、私よりも仲も深い。お客様に愚痴をこぼすわけにもいかなかった。
この愚痴は、ユウ、ナナ、店長に聞いてもらっていた。
店長とは、続いていたが、相変わらず店長の周りには嘘の私のままだ。
『イブに仲間内で集まるんだけど、お前も連れてこいってさ。来るよな?』
行きたいけど、クリスマスイブは子供と過ごしたい。
『子供なんて、親がいたって嬉しくないって。
さすがにクリスマスイブにお前か来れないのは不自然だろ?なんとかできないんか?』
子供たちが大きくなったら、そうなるだろう。
でもまだ子供は小さい。今のうちだけでも、私は子供との時間を大切にしたい。
クリスマスイブに恋人を一人にするのもどうかなとは思ったが、私が1番一緒にいたいのも、大切なのも、店長ではなく子供たちだった。
クリスマスイブ当日。
私は頑張ってスナックで稼いだお金で、子供たちにプレゼントを買った。
長男にはメーカーものの自転車。
長女には3DS。
末っ子のパソコンは、キャラクターのおもちゃのパソコン。
ユウ、ナナ、ナナの子供を家に呼んで、今日はケーキを食べてパーティーをする。
ユウは旦那と一緒に過ごさないらしい。
『いーのいーの!旦那は友達と飲みに行く方が楽しいんだって!』
だそうだ。
私もユウがいてくれて楽しい。
みんなでご飯を食べて、ケーキも食べて、
子供たちは騒いで寝てしまった。
これからは大人の時間で、ユウとナナと、お酒を飲みながら色んな話をしていたところに、
私のスマホが鳴る。
店長だ。
『もしもし?』
『おー。俺。お前今から出てこれねーか?ユウちゃんもナナちゃんもいるんだろ?ちょっと出てこれね?』
酔っている。
酔っている店長は、モラハラ男すぎて嫌いだ。
以前にも、
『俺がどんな気持ちでお前と付き合ってるかわかってんのか?』
と、一方的にキレられた事が何度かあった。
理由を聞いても、
『言ったことろでどーにもなんねーんだよ』
とキレるのみ。理由がわからないまま、私はキレられていた。
『ユウ、ナナ、ごめん。少しだけ店長と会ってきてもいい?』
『ねぇ…大丈夫?』
ユウが心配そうに言う。
ナナは私の話を聞いて店長に良いイメージが無く、嫌いだ。行かなくていいよと言った。
私が2人に頼んで出ていくと、
明らかに機嫌が悪そうな店長がいた。
『お前に子供がいる事、俺の仲間たちはみんな知ってんだよ。俺ほんと惨めなんだけど。クリスマスイブに俺だけ一人にされて惨めだわ!!』
『は?なんで?』
私はわけがわからなかった。
私は子供が1番優先だという事は最初から言っていたし、店長もそれでいいと言った。
でも付き合っていくうちに、それは気に入らなそうだった。
『俺は3人も子供がいるやつと付き合ってるってゆーのが嫌なんだよ。こーやって大事な時には子供の方を優先されるからな!周りから見たら、俺には同情しかねーだろ』
つまり、子供がいる私と付き合ってるのが恥ずかしいわけね。
『じゃあ…別れるしかないね。最初に言ったけど、私の1番は子供たちだから』
もう、別れてもいいやと思った。
すると、とんでもない話をしだした。
『お前、元旦那とセックスするのが嫌だっつってたよな?!じゃーなんで3人も子供がいんだよ?!』
『それは最初に話したじゃん!無理矢理されてたんだって!』
『結局、産んだんじゃねーか!』
『え?産む以外の考えなかったもん!』
『それが何でなのかわかんねーんだよ。無理矢理されて嫌だったくせに子供は産むのか?!』
『堕ろせばよかったってこと?!そんなことできないよ!殺すなんて出来ないし、長男の顔を見てるんだよ?自分が産んだ子供を見てるの!
それを殺す事なんてできないよ!!』
私はわけがわからず、カッとなって声を荒げた。
『じゃーお前は知らないやつにレイプされて子供が出来ても産むのか?!そーゆーことだろ?!』
『え?どーしてそうなるの?!』
『そーゆーことだろうがよ!!』
『そんなのわからないけど、私の中で宿った命を殺すって考えはなかったから産むかもね!!』
『お前ばっかじゃねーの!!レイプされても産むんじゃねーか!』
『だから何でそうなるの?そんなのその時になってみないとわからないよ!』
『ほんとお前はバカだからな!今すぐその辺でレイプされて子供産めよ!!』
もう理解する必要はないと思った。
お前がバカだろと、私は怒りに満ちていた。
空想の話でそんなに言われる筋合いはない。
私は最初から子供がいた。子供がいるのをわかってて手を出してきたのはそっちだ。
それなのに子供はいないていで嘘をつき、この人のプライドらしきものを守るために子供の存在を消してきた。
今になって私は最低だと、子供の存在を消していた自分と、いま目の前にいる謎のプライドが高い男に腹が立った。
一体私は何をしてきたんだろう。
なぜ、この人の為に嘘なんてついていたんだろう。
急に馬鹿馬鹿しくなり、一気に冷めた。
『意味わからない…なんかもう無理だね。別れようか』
私はその一択のみだった。
『なんでそうなるんだよ?』
『子供がいる私と付き合ってるのをバレたくないんでしょ?だったら子供がいない人と付き合えばいいんじゃん?』
『俺の今までの時間どーしてくれんだよ!!』
呆れて言葉がなかった。
私も選んだが、先に私を選んだのはあなただ。
私の全てを知った上で選んだのはあなた。
それを今更キレられたところで、私は知らない。
『ごめん…むりだわ』
振り返らず、一人で歩いて家に帰った。
クリスマスの真夜中に、寂しさや悲しさじゃなくて、悔しさと怒りで泣きながら帰った。
あの人に使ってた時間を、
あの人といる為に子供たちと離れていた時間を、
とても後悔して泣いた。
あー。
男運ないな〜。
店長は酒を飲むと本音が出てグチグチ言うタイプだった。
雑学の話から始まり、最終的に私を罵倒する。
それでも好きだと言ってくれたのが嬉しくて、きっと、誰かに寄り添いたかったんだと思う。
私はただ、大切にされたかっただけ。
愛されたかっただけ。
高価なものなんていらなかった。
家に着き、ユウとナナに話し、朝までお酒を飲んだ32歳のクリスマスイブ。
朝起きてきた子供たちはサンタさんのプレゼントを見つけ、大声を出して喜んだ。私も嬉しかった。
昼頃に店長から電話がきたが出ずに、鳴り終わってから
“別れよう。さようなら”
速攻ラインを送った。
酔っていたとはいえ、言い訳を聞く余地は全く無かった。
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