第5話 カラッポ
スナックで働き始めて3ヶ月。
松山さんが、“同伴”というものをしてくれた。
お店が終わった後もお客に付き合うアフターはお金は貰えないが、
一緒にお店に行く同伴は時給にプラスして2千円貰えた。
お店の前に、松山さんはふぐ料理店へ連れて行ってくれた。
ふぐなんて食べたことなかったけど…美味しい。
これ、子供たちにも食べさせたいなぁ。
スナックで働いてからというもの、夜に家を空ける事が多くなったが、子供たちには習い事をさせてあげられたり、好きなものを買ってあげれる様になり、外食もできる様になった。
とはいっても、高い所には行けないけど…
『お前いま、子供たちにも食べさせたいと思ったろ?』
松山さんに言われ、図星だった私は、笑いながらハイと答えた。
何でもお見通しなんだな。
『まだまだだなぁお前も。家を出たらまずは子供たちの事は忘れろ。この仕事に集中すればお前は稼げるぞ。スタイルもいいんだから、もっとピタっとしたのを着て、髪も綺麗にした方がいい。』
確かに。ダボっとした服が好きな私の服装は、夜の世界の人たちとは真逆だ。
自分にお金を使うのは惜しくて、髪も染めてなく伸び放題。おまけにパッツン前髪…
とてもスナックで働いている“女性”とは程遠いものだった。
店へ行くと、ママは少し不機嫌そうだった。
『松山さんはユミのお客だからね。』
と言われ、ハイと答えたが。同伴も私がお願いしたわけではない。
奪おうなんて、思ってもいない。
なんだか嫌な気分だった。
その日、同伴の時点でお酒を飲んでいた私は、お店でもお酒を飲んだ。
『おお!やっとお酒飲む子が来たね!』
『いいね〜飲め飲め!』
オジサンたちは、お酒を飲むってだけで私に良くしてくれた。
私も酔いがまわって調子に乗り、たくさん飲んでいた。
『ママー、ユキちゃんいいねぇ。面白い子だよ!』
『次の出勤はいつなの?また来ちゃうよ』
どうやら、酔っ払いオジサンたちには酔っ払った私が面白かったらしく、みんな上機嫌で帰っていった。
私もお酒の力で上機嫌だった。
楽しい。
お茶を飲んで、オジサンたちのつまらない会話を聞いているより、一緒に飲んだ方が私も楽しい。
次の出勤からも、まず出勤するとママから、今日も飲めるのか?と聞かれ、飲もうと思いますと答えると、
『じゃーあそこのテーブルに行ってワイン開けて』
と指示が出た。
テーブルにつくと、ワインが飲みたいと言う私に、オジサンたちはご機嫌でワインを入れてくれた。
それからというもの、高いお酒を入れてくれそうなテーブルに、ママは私を送り込む様になった。
10月のある日。
お店へ行くと、入り口から店の中まで、たくさんの花で飾られていた。
ユミの誕生日らしい。
『ユキさん、今日はよろしくお願いします』
可愛いドレスに着飾ったユミに挨拶をされた。
はいはい、シャンパンを開ければいいのね。
ママからも、
『ユミはお酒飲めないから、今日はじゃんじゃんシャンパンが入る予定だから、どんどん飲んでね』
と言われた。
シャンパンなんて飲む機会がないもの!
飲んでやろーじゃないの!
と、私もユミの誕生日を盛り上げようと、自ら進んでシャンパンを入れてもらうようにオジサンたちにお願いした。
ママからは、
『ユキ!つぎあっち!』
『次はあのテーブル!』
と、次々とお酒を飲むように指示される。
今日はユミが呼んだ、ユミの誕生日の為に来たオジサンばっかり。
どれだけ頑張って飲んでも、全部ユミの売上となる。
だけど私はフォローの身。
シャンパンなんてタダで飲めるだけで幸せだ。
いや、正解には自分で払う代行代があるから、3千円でシャンパン飲み放題だ。
とにかくユミの誕生日を盛り上げようと頑張った。
店もあと1時間で閉店という時に、花束を持った松山さんがやってきた。
『松山さんいらっしゃーい!すぐユミ呼ぶからね』
とママが駆け寄る。
『いや、ユキで。』
松山さんが私を見ているのと同時に、ママも怪訝そうな顔で私を見ていた。
『松山さん何で私?今日はユミちゃんの誕生日だよー』
と言うと、
『ユキ、お前も今月誕生日だろ。今日しか来れなかったから今日来てやったぞ。』
そう。今月は私も誕生日がある。
けど人気のない私の誕生日なんかより、ユミの誕生日の方が大事だと思ったから言わなかった。
それを聞いた他のお客様が、
『ユキちゃんも誕生日なの?じゃーユキちゃんにもシャンパン!』
と、何人かのお客様が、私にもシャンパンを入れてくれた。
『ユミちゃんもユキちゃんもおめでとう!』
とお祝いしてくれるお客様たち。
松山さんも、私に10万円もするシャンパンを入れてくれて、
『お前が1番欲しいものは現金だろうけど、現金をやるのはちょっとな。これでガマンしろ』
と、3万円分の商品券をくれた。
『有難すぎます!ありがとうございます!』
こんな盛大に祝ってもらうなんて生まれて初めてだ。
私も調子に乗って、この場を盛り上げようと、たくさんのシャンパンを飲んだ。
その結果、店が終わる頃にはすっかり泥酔してしまった。
帰り際にママが、
『ご苦労さん。頑張ったね。でも今日はユミの誕生日だったから、あんたの売上はないけどいいね。松山さんもユミのお客だから』
…え?
どうして?
松山さんは呼んで来てくれたわけではないけど、私を指名してくれて、私の誕生日の為に来てくれた。
私には10万円、ユミには3万円のシャンパンだった。
他のお客様も、ユキにもって言って入れてくれたシャンパンがあった。
ユミは飲むフリをしてお酒は飲んでおらず、ほとんどのシャンパンを私が飲んだ。
高いシャンパン、飲まずにいるのは申し訳ないと思った。
それに、私にと入れてくれたシャンパンまで、私のものにはならないの?おかしくない?
と思ったが、下を向いたまま
『わかりました』
と答えた。
それが気に入らなかったらしく、突然ママが怒りだす。
『あんたユミのお客まで取って、売上までほしいなんて汚い子だね!遊びで飲んでじゃないんだよ!仕事なの!仕事!お客もつかないんじゃ時給下げるよ!』
更にママはすごい剣幕で続ける。
『今日はユミの誕生日だったのに、あんたが売上取ろうとするなんて!親のくせにそんな事もわからないの?!』
私はビックリして涙が溢れそうなのを必死で堪えた。
周りにいた若い女の子たちは何も言わずに帰り支度をしていた。
『ごめんなさい。お先に失礼します。』
一刻も早く、この場を去りたかった。
帰ろうとしてる私にユミが駆け寄ってきて言った。
『ユキさん、たくさん飲んでくれてありがとうございました!』
『お誕生日おめでとう。先に帰るね』
背を向けた途端、涙が溢れ出た。
駆け足で車に乗り、声を上げて泣いた。
私だって遊びじゃない。
遊びで子供たちを置いてこんなとこ来ない。
ユミのお客様を取るつもりなんてないし、お客様たちだって、あんなに楽しんでくれたじゃん。
何がいけないのかわからない。
確かに私が呼んで来てくれた人たちじゃない。
私へとくれたシャンパンも、1円たりとも私の手には入らない。
でもそんな事を思って飲んでいたわけでもない。
私は稼ぐ為にここへ来ている。子供たちの為に。
私は人気がないけど、お酒を飲むとオジサンたちは喜んでくれて、仲良くなってきている。
指名まではいかなくても、私を呼んでくれる人もいる。できる事をしようと頑張っていると思っていた。
何故あんな言い方をされなきゃいけないんだろう。
私は何か悪いことをしたのだろうか。
もう、わけもわからずカラッポのまま、とにかく泣いた。
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