第4話 嘘
母親にスナックで働くとは言えず、
居酒屋のバイトと嘘をつき、私のいない間に子供たちをお願いした。
初めてのスナック。
制服は決まっていて、白いスーツのミニスカートだった。
ママは37歳と私より6つ年上。
ママって着物を着た落ち着いて厳しそうなおば様ってイメージが勝手にあったけど、若々しくて元気のいい人だった。
『ここへ来る人は癒やしを求めてくるから、子供がいる事は言わない方が稼げるからね。女は演技ができるから大丈夫!』
だそうだ。
私はここでは母親じゃない。
うその自分でいなければいけない。
この日のメンバーは
ユミ22歳
ユメ21歳
ユア24歳
と私31歳。
ナンバーワンはユミらしい。
別に『ユ』縛りがあるわけではない。
流行りなのか?
私は源氏名で『ユキ』を選んだ。
小学生からジュディマリのYUKIが大好きなので、ユキと名乗る事にした。
みんな20代でピチピチで、
自分がすごくババアに感じた31歳スナックデビューだった。
実際にお客様が入店し、お酒を作って出し、お喋りをしていると、5時間という時間はあっという間だった。初出勤て事もあり、短時間で全てのテーブルに挨拶まわりをした。来るお客様も紳士的なオジサンばかりで、プライベートな事も聞かれたが、適当に流して済んだ。
お酒は飲まなくていいとの事だったので、ひたすら売上になるという1杯800円もするお茶をガブガブ飲んだ。
ガブガブ飲むせいでトイレも近く、お酒じゃないのに、もう飲めないところまできているのが唯一キツかった。
『ユキちゃんはきっとモテると思うから、仲のいいお客さんが出来たら、自分で連絡取り合って呼んでね。そしたらユキちゃんの売上になって、時給以外にももらえるから。』
それがどれくらい貰えるのかわからなかったが、時給プラスで貰えると思うと、頑張ろうと言う気になれた。
初日は体験ということで行ったのだけれど、
次のシフトも入れた。
スナックの営業も終わり、帰りにバイトをしていた居酒屋へ行く。
実は離婚後に、店長と付き合い始めた。
離婚してからアプローチされ、心細かった私はすぐにオッケイした。
付き合い始めて半年が経つ。
店長は店が夜の為、もともと夜型の生活をしているので、店が終わって子供たちが寝た夜中に家にきて会っていたり、昼間の店の買い出しに一緒に行き、ランチしたりして逢瀬を重ねた。
チャラいけど、きちんと会話のできる人だった。
ただ、付き合い始めてから気付いたのは、
店長の友達の何人かに紹介はされたが、誰にも私がバツイチ子持ちと言う事は言ってない様で、空気を読んだ私も、なぜかそれは言えずにいた。
スナックで働く事も、店長は快諾してくれたが、それも友達にはヒミツな様だ。
スナック2回目。
この日は大客が来るとの事で、また挨拶をする為、席に付かされた。
松山さんという、スーツを着た少し強面のオジサンだった。
『ご一緒にいただきます』
と、お茶を飲もうとすると、
『お前も酒が飲めないのか?』
と、不機嫌そうな顔をされた。
『車なので…』
と言うと、
『代行代なんて出してやるから飲め!ここの女は高いお茶ばかり飲んで誰も酒を飲まねぇ!つまらねぇんだよなぁ』
怒ってはいないようだが呆れた感じがした。
『ユキ〜無理に飲まなくていいよー』
ママが間に入ってくれた。
『お前らスナックにいるくせに酒飲まねぇってどーなのよ?今の若いのは酒飲まねぇのか?いや、お前は…ユキだっけ?若くはねぇよな?ママよりはぜんぜん若いけど。酒飲めねぇんなら水でも飲んでろ!』
『水でいいの〜?この店は水が1番高いんだよ〜いただきまーす!』
ママが冗談でかわした。
私はお酒を飲めるし大好きだが、お酒を飲んでも代行代は出ない。自腹になってしまっては、1日1万円もらえるところが3千円減ってしまう。
松山さんは女の子たちの言動をよく観察している様だった。
『ユキ!お前、人相がいいな!子供いるだろ!』
嘘が苦手な私はきっと顔に出ていた。
『子供いたらここで働いてないですよ〜』
『いや、子供がいるからここで働いてるんだろ?お金が必要だからだろ。俺は騙せねぇぞ。ま、言いふらしたりもしねぇけど』
素直にすごいなぁと思った。
きっと夜の世界で、いろんな女の人を見ているんだろう。
『じゃあ…松山さんにだけ…ってまだ2回しかここに来てないんですけど。正解です。でも…秘密にしてください。』
『あはは!本当に嘘がつけないやつなんだな!』
松山さんはずっと笑っていた。
私は、やっちゃったかなと心配になったが、松山さんが時々見せる、優しそうな表情は、悪い人ではなさそうだなと思った。
『ユキ!お前腹減ってねぇか?ラーメンでも食いに行くか!』
それって、アフターってやつ?
ラーメンと聞いたら急にお腹も減ってきて、人生初のアフターとやらに行く事にした。
ママからは、
『松山さんは大丈夫だけど、たまに危ない人もいるから、アフター行く時は報告してね』
と忠告をされた。
『お湯ラーメン食いに行くぞ』
…お湯?
聞いたことないラーメン屋にハテナがいっぱいだったが、食べてみてわかった。
塩ラーメンなんだけど、味が薄すぎて、これはお湯だ。(笑)
でもきっと、飲んだ後には優しくて最高のラーメンなんだろうなぁ。
『代行代だしてやるから、ビール飲め!』
まぁいっか!と、ビールを呑んだ。
う、うまーい!!
仕事終わりのビールって、なんでこんなにウマイんだろう。
スイッチが入ってしまった私は、何杯も飲んでしまった。
松山さんは私に
『他のやつには子持ちだって言わない方がいいぞ。知った瞬間に男は興味がなくなるか、都合のいい女にするかだからな。』
と教えてくれた。
松山さんは私を駐車場まで送ると、側にいた代行を呼んでくれて、代行代だと言って1万円をくれた。
『貰いすぎです!!』
返そうとしたが、
『金ねーんだろ貧乏ママ』
と言われ、
『はぁ?ムカつくけど正解!ありがとう!』
酔っていたせいもあり、そんな答え方をしてさまって怯んだ。
松山さんはあははと笑い、また行くわーと言ってタクシーで帰っていった。
オジサン嫌いだったけど、松山さんは強面だけど優しい、いいオジサンだった。
その日は店長のいる居酒屋へは寄らず、家に帰った。
休みの日、
店長と居酒屋の買い出しへ行き、店長の友達がいる洋食店にランチへ行った。
店に入る前に、
『子供の事とかスナックの話すんなよ』
と言われた。
わかってるよ〜と言ったが、私の中のモヤは広がっていく。
店長の友達たちも、私に何の仕事をしているのか、地元はどこなのか、いろいろ聞いてくるけど、歳も1つしか違わず、地元も近いので共通の知り合いでもいたら、私に子供がいる事などすぐにバレてしまいそうだった。
夕方に帰る事も、
『梨花は親の世話があるからな〜』
『ばーちゃんのお見舞いだ』
などと店長が嘘で答える。
嘘とわかっているのか、本当にわからないのか、
『梨花ちゃんえらいねー。ほんとイイコだねー!』
と言われる。
親も、ばーちゃんもピンピンしてるけど。
と思いながらも話を合わせる自分にウンザリした。
ウンザリしながらも、やっと私を大切にしてくれる人に出会ったのだと勘違いし、本当の事を言うのが怖かった。
そんな会話があるたびに、私は嘘で塗り固められていく。
なんだかんだでスナックは続いていた。
常連さんたちにも覚えてもらう事ができ、相変わらず私はお茶ばかり飲んで微笑んでいた。
といっても私の出来る事は、ナンバーワンであるユミちゃんのフォロー。
ユミちゃんがいない時に、ユミちゃんが来るまで、お客様が飽きない様に楽しませなきゃいけない。ただのユミの繋ぎなユキ。
あからさまに仲良くしてくれない人もいる。
『一杯いただきますね』
と言ってもシカトされたり、
『一杯だけな』
と冷たく返される。
『30歳超えてこんなとこで働いてるなんて訳ありか?』
『彼氏もいない、結婚もできない、寂しい女だな』
と酔っ払いオジサンに嫌味を言われる事もある。
それでもこれで1万円貰えるなら頑張れる。
子供たちの為、ユキとして頑張ろう。
『ユキも早く自分のお客捕まえな。そーじゃないとやってけないよ』
ママもだんだんと厳しくなっていった。
自分のお客様なんて…こんな若くて可愛い子たちの中にいる31歳の私にできるのだろうか。
フォローしてるだけで十分なんだけどな。
それに…この世界にどっぷり浸かれば浸かるほど、私の嘘は増え続ける。
独身、彼氏ナシ、お金を貯めたい
スナックのユキ。
独身、彼氏は店長、親孝行
プライベートな梨花。
どちらも嘘だらけ。
全て嘘だらけ。
家に帰ると、まず子供たちを抱きしめる。
これが本当の私だ。
本物の田中 梨花だ。
なんだか子供の存在をも無いものにしている様で、すごくすごく嫌だった。
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