第9話 ソムニウム
「うわ、マジか」
ある日の夜。就寝前のニュースを見ていた理人が声を上げた。
画面には昨日の深夜に起きた市内での殺人事件についての続報が報じられている。
容疑者は中年の男で、別居中の年若い妻とその不倫相手を殺害したという事件だ。この静かな田舎町には珍しい大きな事件だからという事もあったが、手口があまりにも残忍かつ凄惨だった事から、学校でもこの話題で持ち切りだった。
男はゼーロスに所属しており、理人とも面識があった。周囲の評判も良い男だったそうなのだが、理人曰くには「目が笑ってねえ」との事で、あまり信用できなかったらしい。
既に犯行の手口も動機も身元も割れているのに、何か驚く事でもあったのだろうか。風呂に入ろうとしていた英生も足を止め、画面に見入っている。
髪の毛を乾かしていた最中のアルファも気になって画面を見ると、そこには「主に使用された凶器は、機械化された腕に仕込まれていた散弾銃」とのテロップが。
男は有害鳥獣駆除の名目で、猟銃の許可も取っていた。ゼーロスに入会したのも、猟銃の所持許可を取ったのも、そして腕を機械化したのも、たった半年前だったという。
「奥さんと不倫相手を殺すためだけに、銃の許可取ってゼーロスにも入ったってこと……?」
「だろ」
アルファの呟きに理人が頷く。
「猟銃の許可も、ゼーロスの入会も、条件かなり厳しいんじゃなかった?」
「上っ面だけ良くしてすり抜けたんだろうな。半年前に新人紹介で会った時も、腰が低いおっさんだなってのが第一印象だったし」
でもなーんか胡散臭かったんだよな。と、理人は付け加える。
「それを隠し果せられる程の物凄い執念だったって事だろ。あの全ッ然笑ってねー目思い出すだけで怖えわ」
「海外への渡航歴は無いようだな」
「ぽいね」
険しい表情の英生に理人が答える。
「ソムニウムの拠点がエリア3にも?」
「あれ、英生さんソムニウム知ってんの」
独り言のような英生の呟きに、理人は目を丸くした。
突然出てきた「ソムニウム」という単語にアルファもまた不思議に思いつつ、理人の隣に腰かける。
「何その『ソムニウム』って」
「お前は知らねーよな。人体を機械化して武装させてくれる組織がソムニウムっての」
「エリア1でも取り締まる法が未整備なため見逃されているが、物議をかもしている組織と手法だよ。私としては理人が知っている事の方が意外だったな」
英生は訝し気に理人を見下ろす。
「ゼーロスと協力関係にあるみたいでさ。いや、俺は関わってねーよ。そのために体の一部をどうかするなんて考えただけで怖え」
「ゼーロスと?」
「う、うん。……ほんとは守秘義務があるから言っちゃいけなかったんだけどさ……」
尋問されるように問われ、理人は思わず周囲を見回し声を潜めた。
「国内でも幾つかの医療機関と提携しているって聞いてる。ゼーロスの会員だけが施術を受ける事が出来るんだ。
元々は体に欠損のある人のためのものだったらしいんだけど……」
そこまで言って理人は俯いて目を反らした。
「……エオースのエージェントって言ってみたら超能力者じゃん。そういう特殊能力を持ったヒーローへの憧れと嫉妬がいつのまにか浸透しちゃったみたいでさ。欠損があろうがなかろうが、進んで自分の四肢を武器化したがる人が増えてるって聞いてるよ」
「そうだろうな」
英生は幾分か表情を和らげつつも、小さくため息をついた。
「『万人に戦うための力を』を信条として掲げている組織で、代表者はスペロという名の男だ。それ以上の情報は無く、公の場に姿を見せないところからしても偽名だと言われている。幹部をはじめ組織の人間達は当然の事ながら人体改造の上で武装し、エリア1が活動拠点だが、本部の所在地は謎のままだ」
恐らく理人も知らなかった事なのだろう、理人は驚いて顔を上げた。
「ゼーロスとの事を話してくれたからな。これもソゴル内での秘匿情報だが、交換だ」
誰にも言わないように。そう付け加えて英生は二人に目くばせした。
「警察は恐らくソムニウムの存在の尻尾にも辿り着けないだろう。どこかの医療機関で改造して貰った、で終わる。それ以上の捜査はソゴルからの圧力がかかる」
「圧力って……なんで?」
アルファは訝し気に英生を見上げる。
「今言ったとおり、相手は武装勢力だ。エリア3の警察の協力もできれば仰ぎたいところなんだが、逆に彼らへ危害が及ぶ可能性の方が高い。そのため、ソゴル内での内々の捜査に留めている。
何せ首魁が隠れて逃げ回っているような状態だ。どこで誰がソムニウムと繋がっているかわからない。アルファも理人も、口外する事は身の危険を招く事に繋がるから、そういう意味でも誰にも言っちゃ駄目だぞ」
「ひえ……」
アルファも理人も声を合わせて引いた。
「マキナントは無差別に人間を襲う、精々多少の区別をつける程度だが人間は違う」
そう言って英生は相変わらず事件を報じているTV画面を見やった。
「歪んだ正義感や妬みや嫉みで、どこまでも執拗に追いかけて来る。人を殺めてしまえる力を持ったのなら、ある意味マキナントより怖いのは、情念のある人間だ」
「……人を殺めてしまえる力……」
言葉をなぞり、アルファは自身の右手の平をじっと見つめる。
考えた事もなかったが、確かにこの力があったら大量殺戮など幾らでも出来てしまう。
エオースのエージェントのマニュアルにも力の使い方については厳しく言及はされていたが、それでも同じ人間や生き物へ向ける事など考えられなかった。
「ゼーロスのマニュアルみたいなのにも、そういう規定ってないわけ?」
「あるよ。入会審査も精神鑑定含めてめっちゃ厳しい。でもさあ。審査するのが人間なんだから、漏れもあるって事だろうよ……」
苦々しくため息をつき、理人もまたTV画面に目を戻す。
アルファの持つ謎の力は、エオースの誰とも違う。アルファが何も考えていないからいいようなものの、この力は確かに諸刃の剣だ。先日英生の見せた表情の変化も、もしかすると悪用、もしくは第三者によって悪用される可能性を危惧しての事だったのかもしれない。
「二人とも、冷えない内に寝た方がいい。明日も学校だろう」
「え~なんか怖くて寝らんないよ」
ヒデちゃんが風呂出るの待ってる。などと言いつつアルファは駄々をこねる。
「お前そういやホラー全然ダメだったよな」
「うん。この事件下手なホラーよりもっと怖えからほんとやだよお」
アルファは眉を顰めながら、自分達を映した映像やファン活動のコメント群を思い出していた。
全く見ず知らずの人間が、自分の事を羨望し、期待し、あるいは敵視し、憎悪しているかと思うと。いつこの事件のように標的にされてもおかしくないのだと思えて、怖かった。
「ならカーディガンくらい羽織りなさい」
苦笑いしながら英生はアルファにカーディガンを着せかけ、そのまま風呂場へ行ってしまった。
「みんなヒデちゃんくらいやさしかったらいんだけどねえ」
「それは無理」
カーディガンに袖を通しつつぶつくさ垂れるアルファに、理人は呆れた様子で天を仰ぐ。
一方、脱衣場で英生はソゴルへ今回の事件について送信していた。さすがにソゴルもエリア3の田舎町の事件まで把握してはいなかったようで、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
元々ソムニウムの案件に関しては長らく英生の担当だった。エリア3に居て動けない以上、もう一人の担当でもあるキアンに頼むよりほかに無かった。
『ゼーロスとの関連がわかったのは朗報ね。こっちはゼーロスの情報網から当たってみる』
『助かるよ』
キアンに短く返信し、英生は通信を切った。
長い間独自に捜査を続けていたある事案とソムニウム。この二つの点が線となる事を祈りながら。
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