第8話 疑念

 マキナントが二体同時に発生した。

 一体は隣町に、そしてもう一体はアルファ達の暮らす臼器市に。さすがに英生一人で何とかなるものではなく、市内に発生した一体にはニコラとアルファの二人であたる事となった。

 丁度山道に発生したマキナントは十メートルを優に超す大きさで、二人の攻撃も無視同然で市街地へ向かって行く。

 また、鬱蒼とした山の木々に阻まれてしまい、アルファもニコラも中々決定打を出せないままで居た。


「どうしよう、このままだと……うわっ!」

 マキナントのなぎ倒した木の破片が眼前に飛来し、アルファはすんでのところで避けた。

「悩んでる暇があったら攻撃して!」

 ニコラから言われるまま、アルファも再びマキナントへ向かう。脚を崩すのが定石なのだが、この山中ではそれもうまくできない。

 能力が発現したあの日のように圧し潰せたら楽に片付くのだが、あの力はあの日以来、さっぱり出せないままだった。


 木々の合間を縫うように駆けながら、ガントレットでマキナントの足元を殴りつける。しかし装甲は異様に硬く、少しずつへこませる程度の事しか出来ない。

 それはニコラも同様で、鉄塊のグローブでもってしてもマキナントの歩を止める事が出来なかった。


 不意にマキナントが動きを止めた。いつまでも追ってくるのを鬱陶しく感じたのだろうか、その巨大な腕で二人を攻撃し始めた。

「!」

 鋭い風音と同時に視界一杯に金属の塊が現れ、アルファはぎりぎりのところで仰け反り避ける。

 巨体に似合わず、動きが早い。

「うわわわわ……!!」

 マキナントは両腕でアルファを攻撃し始め、その重く鋭い一撃からアルファは飛んで逃げだす。木々は潰れるように倒され、岩肌が砕けた。身体機能の向上に伴って体の硬度も増しているのだが、あれにやられたら恐らくひとたまりもない。

 空へ逃げればいくらかマシか。上空へ逃げたアルファは一瞬息をついた。


「後ろ!!」


 ニコラの叫び声に振り返る。マキナントの腕が何本もの太い鉄線に分裂し、地を張ってアルファを追い越した上で背後から迫っていた。鉄線は密集し、そして広く、槍衾にも似たそれから逃げる術がわからない。

 アルファは咄嗟にガントレットを盾にして横へ飛んだ。何とか串刺しは免れたものの、一瞬の逡巡が災いした。

 鉄線の数本がガントレットを掠め、その衝撃でアルファはそのまま吹き飛ばされた。


 空中でニコラに受け止められて事なきを得たが、アルファの右手からはガントレットが外れてしまっていた。掠められた際、弾き飛ばされ外れてしまったのだろう。


 マキナントも多彩な攻撃をしてくるのがわかっていたが、触手型とやり合うのはこれが初めてだ。シミュレーションでも苦手だった相手で、こんな事ならこちらの担当が英生なら良かったのに。などとアルファは脳内で泣き言をこぼす。


「あたしがアレをいなしてるからガントレット探してきて!」

 アルファは情けない表情のまま無言で頷き、更に上空から周囲を探索する。


「あんたの相手はあたしだって言ってんでしょ!!」

 ニコラの舌打ちが聞こえるが早いか、再び鉄線が軌道を変えてアルファに襲い掛かる。どうやらアルファが弱いと見て標的をしぼってきたようだ。


 空を飛行できる時間は短い。仕方なく地上へ再び降りたアルファは全力で走るが、鉄線の繰り出される速度の方が格段に速い。

 しかしこういう時は逆に山である事が幸いし、鉄線の幾つかは木々に上手い事阻まれた。

 ニコラも根本から叩いてくれているようで、背後から聞こえる風を切る音は次第に減っていった。


 昼なお薄暗い山を駆けながらふと、アルファは右手の光が強くなっている事に気付いた。



 今ならいける気がする。


 いや、いける。



 先ほどから聞こえていた脳裏の囁きに、アルファはぐっと踵を返し、鉄線に沿うようにマキナントの元へ逆走を始めた。


 何やってんの!?と言いたげなニコラの表情が目に入り、マキナントの巨体が視界を完全に遮った。アルファは立ち止まり、目がくらむほどに光る右手をマキナントに向けて横一文字に薙ぎ払う。


 するとあの時と同じ。マキナントの巨体は吹き飛ばされ、山の斜面に叩きつけられた。


「潰れろ!」


 アルファが右手を握りしめると同時に、マキナントは見えない力によって圧し潰され、完全に機能を停止した。



+++



「あの時のやつだ」

 リビングで映像を見ながら理人が呟く。

 今回アルファ達の現場は報道こそされなかったが、物好きな実況主によって実況されていた。そして動画投稿サイトについ先ほど投稿された映像の再生回数は、凄まじい数字を叩き出している。


「ほんと凄いよね、それ」

「……」

 理人の隣に座るニコラは感心した様子でアルファを振り返る。しかしアルファは心ここにあらずと言った表情で、二人の座るソファの背に両肘をついたまま、無言で右手を何度も握っては開くを繰り返していた。


 あの後すぐに現場から逃げるようにして二人でアルファの家へ戻ると、丁度理人が実況を見ていたところだった。


「……なんか」

「?」

「なんか変な感じ」

 アルファのぼやきに、理人もニコラも振り返る。


「『いける』って本能的に思った」

「あたし達の能力ってそういうもんじゃん」

「うん……だけど」

 アルファは眉根を寄せながら首を傾げる。


「ガントレットが外れた後だった。外れた後から、いける、いける、って気になってきてた。……だからガントレットがまるで私の力を封印してたみたいに思えてさ」


 静まり返ったリビングに、実況主の甲高い声だけが響き渡る。


「だってあの日からずっと使えなくなってた。使えなかった時はずっと、ガントレットをつけてた時だった」

「もしそうだったとして……。何でそんな便利な能力を封じる必要があるわけ?」

「わかんない。だからなんか、なんか変」


 アルファは目を閉じて顔を顰めたまま、漸くレモンソーダの蓋を開けた。

 するとふと、玄関から防犯用メロディが聞こえてきた。英生だ。


「ただいま。今日は大変だったな」


 英生は苦笑いして労うが、三人とも押し黙ったまま英生を見つめた。その様子に英生は訝し気に首を傾げる。

「どうかしたのか?」

「ヒデちゃん、あのさあ……。……映像見た?」

「いや」

「『あの力』が復活したんだよね」


 一瞬、英生が頬を引きつらせた。


「よかったじゃないか」

 あの力が出せないって悩んでいただろう?そう言ってすぐに笑顔になった英生だったが、その一瞬の表情の変化をアルファは見逃さなかった。

「うん。よかった……」

 アルファは目をそらしながら笑い、いつもの調子で英生を再び見上げた。


「でもガントレット無くしちゃったんだよ」

「そうか――」

 英生は口元に手を押し当て、何か考え込んでいるようだった。

「恐らく処理班の捜索で見つかるだろうが、もう使い物にはならないだろうな。本部に新しいものを発注するよ」



「あのさあヒデちゃん」

「うん」

「ソゴルはエージェントの事、私の事も守ってくれるんだよね?」

「当たり前だろう」

 英生はため息交じりに苦笑いし、アルファの肩を軽く叩いた。その手の重さ、大きさ、そして温かさは、前と変わらなかった。そうして英生はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けつつ振り返った。


「ジャークチキンを仕込んでおいてよかった。ニコラも食べていくか?」

「うちは門限厳しいんでー」

 ニコラは首を横に振り、空になったコーラの缶をテーブルに置いた。


「じゃ、また明日ね」

「うん、気を付けてね~」


 ニコラを見送り、アルファはレモンソーダの缶を持ったまま二階への階段を上る。

「すぐ出来るから、呼んだら降りて来るんだぞ」

「へ~い」

 香ばしく焼ける肉とスパイスのいい香りに後ろ髪を引かれつつ、アルファは自室へ戻った。


「はあ……」

 独り言のようにため息が漏れる。ソゴルが、英生が自分を守ってくれている事は――少なくとも大事にしてくれている事はよくわかっている。

 だからこそ、今日の一件は不可解だった。そして何より、あの英生の一瞬の戸惑い。


 これ以上何か聞いても思うような答えは返ってこないだろうし、これ以上悩んでいても答えが出るわけでもない。

 椅子に座って気分転換に読みかけの小説の続きを読もうと携帯を取り出したものの、文字が頭に入ってこない。アルファはもやもやした気持ちを抱えながら机に突っ伏した。

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