第7話 ヒーローの悲哀
重吉がエリア1へ発ってもう一月にもなる。
いよいよ季節は冬となり、上着の手放せない日が続くようになった。閉店の手続きは重吉が既に済ませており、ぎりぎりまでセールした際は閉店を惜しむ客が沢山店を訪れた。
アルファは暗い店内のカウンターで、いつも重吉が座っていたその椅子で、ぼんやりと店を眺めていた。
がらんとした店内には高い洋酒がちらほらと残るのみとなっていた。それでも何もないよりは、店であった頃の面影がそこに残っているようで、アルファは寂しいながらも安堵していた。
アルファの記憶に両親の姿はない。それでも生まれた時から絶えず誰かに囲まれていて、重吉と暮らすようになってからも、重吉も理人も居たし、家には客も訪れて常に周囲が賑やかだった。
それを鬱陶しく思う時もしばしばあったが、今初めて、かけがえのないものだったのだと痛感もしていた。
『今マキナントが倒れました!さすがディガンマ、圧倒的な強さです!』
聞こえてきたアナウンサーの声に意識を戻され、アルファはリビングへのドアを開けた。理人はソファに座ったまま、対マキナントの中継をぼんやり眺めていた。
中空に映し出されたテレビ画面には報道ヘリからの映像が映され、破壊されたマキナントの上空に浮いて佇むディガンマ――英生の姿がズームされていた。
画面の横にはチャットウィンドウが広がり、誰かも知らない人々のコメントが滝のように流れている。
『ディガンマ様最高~~~~!』
『永遠に顔がいい』
『もうおっさんいいから女子出せよ』
『それより美少女パンドラちゃん』
『イオータちゃんこそ至高』
『パンドラちゃんぺろぺろ』
『やっぱイギリス産のイオータちゃんが最強なんだ😃』
『ブスもジジイもいいからいつもの金髪美少女お願いしますわ~』
「毎度ながら勝手な事言いやがる~~~~~~~~~~」
醜悪な物を見るかのような目つきで画面を睨み、さすがのアルファも本音を漏らす。
イオータとはニコラの事だ。
元々こういうライブ中継に興味の無かったアルファにとって、非常に苦々しい洗礼だった。ニコラの言っていた「色々面倒になる」とはこの事だったのだろう。
エージェント達の活躍の様子はこうしてよく中継される。今回は特に巨大なマキナントだった事もあって、報道局はヘリまで出していた。
あくまでソゴルのエージェントなのだが、勝手に芸能人のように扱われ、神格化され、ウェブ上のファンクラブやファン活動も活発にされている。
アルファにも勿論少ないながらファンはおり、殆どは励ましの言葉をくれるのだが、こうして相手を対等な人間とすら見ていない言葉を書き連ね発言する者も少なくない。
「ごめん。忘れてた」
理人は急に意識が戻ったような様子でコメント欄を非表示にした。いつも非表示にしているのだが、今日はうっかりONにしてしまっていたようだ。
「気にすんなよ。……つっても気になるよな」
そう言って理人は長いため息をつく。
「どいつもこいつも、自分の事あげる棚が幾つあんだか」
「知らね~~~~」
げえ、と吐く真似をしながらアルファは理人の隣に座る。
「……まあでも俺も似たようなもんかも」
「ええ?」
「エオースのエージェントにも、英生さんにも、やっぱ嫉妬してたし」
理人はソファの背にもたれて天を仰ぐ。
「ゼーロスに入ったりしてなきゃ、暇でこんな事ネットに書いてたかも」
「そんなもんかねえ」
アルファは顔を顰めつつ腕組みする。そうしてやがて、理人と同じようにため息をついた。
「ヒデちゃんが来てくれたってゆーか。矢面に立ってくれてるお陰でほんと助かる」
「強えーしな」
英生は強かった。エージェントをマネジメントしている立場だからあまり戦力にならないのではないか。と当初は思われていたが、その逆で、彼らを束ねられるほどの実力がゆえに裏方に回っているのだと思われた。
エリア3に来てからと言うもの殆どの任務を英生がこなし、アルファやニコラを前線に出す事は無くなった。
その優れた容貌もあり、最近では女性向け雑誌で特集を組まれるほどの人気ぶりだ。
コメント欄では色々ディスられる事もあるが、英生が男であり、ほぼ非の打ちどころの無いありようからしてその声はアルファやニコラに向けられるものよりずっと小さい。
恐らくそういう意味でも、英生は任務を引き受けているのだろう。
マスコミ慣れもしているようで、好感度を損なわないよう、うまくかわして家へとこっそり帰ってくる。
アルファから見る限り、他者からの好感度など無頓着のような英生だが、エージェントの好感度は、ひいてはソゴルの好感度にまで波及する。
元々学者なのにここまで出来るとはさすがプロ。と唸らざるを得ない。
「ただいま」
玄関のドアが開き、防犯用メロディと共に英生の声がした。早い。
「お帰り。今日はインタビューなかった?」
「取りやめて貰った。最近妙な動きもあるんでね」
アルファと理人が出迎えると、さすがの英生も疲れた様子で答えた。
「妙な動きって……」
「ストーカー」
「うわ」
アルファも理人も揃って顔を顰める。
聞くところによるとニコラにも一時ストーカー被害があったらしい。英生も雑誌にまで露出するこの活躍ぶりとなると、ストーカーの一人や二人、出てきてもおかしくはなかった。
「このあたりの人は口が堅いからいいが、いつか家が割れたら引っ越しも考えなきゃならない」
「うちはアルファもいるもんな」
「やだ~~~~店も家も無くなるとかやだ~~~~」
三人は言い合いながらリビングへと戻る。
「エージェントって全然よくないね」
クッションを抱えてアルファはソファに横たわる。今日は休日なのだが、お陰でおいそれと遠くまでは出かけられなくなってしまった。
「ほぼ大衆の娯楽状態よなー」
今日の料理当番の理人は既に作ってあった料理を温めながら肩を竦めた。
「俺達あんな目にあったけど、基本的に被害者出ないし」
「マキナントって何のために私ら襲ってくるんだろうね」
いや、進化されても困るけど。と添えつつアルファもぼやく。それに、被害者があまり出ないのもひとえにエオースやゼーロスの働きによるもの、結果論でしかない。
「コアの解析ができないからな。目的はわからないし、どこから現れるのかもわからない」
マキナントには人間の脳に相当するコアが存在する。が、討伐の際にほぼ壊れてしまう。
一度ゼーロスがコアの入手に成功した事があったのだが、逆に解析用のPCが破壊されてしまったらしい。
「これからもずっと続くんかなーー」
「わからない」
そう言いつつ、英生は今更思い出したかのようにサングラスを外した。
「今日カレー?」
「当たり」
アルファの鼻腔をカレーの匂いがくすぐる。カレーライスは英生の好物だった。曰く、エリア1ではまず食べられないからとのこと。
「理人もアルファもカレーが上手いよ」
「それって誉め言葉~?」
市販のルウを使っているのに上手いも下手もあるだろうか。などと思いつつアルファは口を尖らせる。
「はいはい二人とも席ついて」
理人に言われてアルファはぐったりしたまま起き上がった。食卓には綺麗に盛り付けられたカレーライスが三つ。重吉が座っていた席に英生が座るのも、もう見慣れた光景になってきていた。
げんなりした気分は中々晴れなかったが、カレーの香りは嫌でも食欲をそそった。
アルファはレモンソーダ、理人はエナドリ、そして英生はビールの缶を手に、三人で軽く乾杯する。
「今日もお疲れ様でした」
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