第10話 ニコラのレポート
エオース本部から定期召集がかかった。
当然、全員が集まるとマキナントの対応に困るため、何度かに分けて行われる。先陣を切ったのはニコラで、一週間ほど学校を休んでエリア1へ飛んだ。
そして丁度昨日の土曜日に戻ってきたニコラは、早速土産を手にアルファ宅を訪れていた。英生が初めて欧野家を訪れた際に持参したものとは違う、スーパーなどで買える菓子類だ。
「このチョコケーキマジうま」
「でしょ」
理人とニコラがリビングで菓子を広げている中、アルファは淹れ終わったコーヒーと紅茶を運んで二人の前に置いた。自分用のコーヒーをテーブルに置いたところでとある菓子の存在に気が付き、アルファは目を輝かせる。
「ファッジだ!!わ~~ニコラありがと~~!」
ファッジとはキャラメルに似たバターと砂糖と牛乳で出来た菓子で、口の中でほろほろと崩れ溶ける食感が特徴だ。エリア3の菓子で例えるとしたら、固形の黒砂糖に近いかもしれない。元々はエリア2、イギリスが発祥なのだが、エリア1でも販売されている。
これはアルファの大好物で、作ろうと思えば作れるものの「めんどいから無理」という理由で長らく食べたいのなんのとこぼしていた代物だった。
勿論それを知っての上で買ってきたため得意げなニコラだったが、アルファが封を切らないのに首を傾げる。
「開けないの?」
「……だって開けたら、食べたらなくなっちゃうし~~」
「なにそれ」
もだもだとするアルファの様子にニコラは苦笑する。アルファは意を決して封を切り、一つを口に放り込んだ。軽く咀嚼するその間にも自然と笑みがこぼれる。甘くてバターの芳醇なコクがあり、口の中でじゅわっとほどけて溶けてゆく。そう、この食感、この味だ。
「うま~~~~~~」
だはぁ、と言葉ともつかない吐息をもらし、アルファは悦に入る。そんな様子を満足気に見ながらニコラは紅茶を一口飲む。と、ふと思い出した様子で口を開いた。
「そうそう、本部でアルファのおじいちゃんに会ったよ」
「えっ!」
その言葉にアルファも理人も揃って一瞬腰を浮かせる。
重吉とは週に一度程度通話しているが、事情でもあるのか、声だけの短い通信だった。暫く顔を見ていない事もあって二人はニコラの言葉の続きを待った。
「たまたま帰りがけにすれ違って、コーヒーショップで奢って貰っちゃった。元気そうだったよ」
「そっかあ」
元気そう、との一言に二人は一先ずホッとする。何しろ難しそうな問題を抱えている様子だったので、復職後の実際の姿はどうなのか気になっていたのだった。
「映像の通話してないんだって?アルファは動画で見てるらしいけど、それ以外であんた達の顔見てないから気にしてたよ。一応元気ですって言っといた」
「一応ってなんだ一応って」
「あたしにテストでマウント取りにくるくらいには元気ってことー」
あの件を根に持っているらしく、ニコラは口を尖らせた。
「他にはなんか言ってた?」
「うーん」
ニコラは視線だけをぐるりと回し、声を落として続けた。二階で今日も仕事中の英生に聞かれないか心配しての事だろう。
「エオースの事くらいかな。アルファも聴く事になると思うけど、最近マキナントの出現頻度も上がってて、活動も活発じゃん」
「だねえ」
「アルファのおじいちゃんってエオースを統括する部署の部長でしょ。だから自然とそーゆー話になって」
「ゼーロスの件って問題視されてるのか?」
理人の言う「件」とは、先日の事件の事だ。ゼーロスが国際的な組織である事もあり、あの後エリア1でもこの田舎町の大事件は報道されていたという。
「それも言ってた。でも基本的には協力関係にあるじゃん。協定も結んでるし。『精神的に歪んだ男の起こした事件』ってくらいで、エオースに特にできる事も無いねって感じ。
あとはあれかな。やっぱりアルファの事気にしてた」
「私の?」
「あの変な力の事。なんかわかんないんだけど、その話の時だけ浮かない感じだったなあ」
「……」
アルファはまた自分の右手をしげしげと眺める。思えば重吉は、この力が発現した当初から浮かない様子だった。孫娘がエオースのエージェントになってしまった、という事の大変さを憂いて。とはまた別の何かがあるような風に感じられていた。
「あんまり歓迎されてないのかなあ、この力」
独り言のように呟きつつも、アルファの脳裏には先日の事件がよぎっていた。恐ろしい力には違いない。自分でも気を付けようとは思うのだが、やはりこの「歓迎されていなさ」に関しては思うところがあった。
「んーん、てより、あんた自身が元気かどうかって心配してただけ。ほら、動画だってコメ欄アレじゃん」
「あ~~」
「それと、理人も無茶しないようにって言ってたよ。前廃墟にデカブツが出た時は助かったけど」
「あ、あれ見てたんだ」
苦笑する理人を横目に、ニコラはふと眉根を寄せて腕組みした。
「て感じで楽しくお喋りしてたわけなんだけど。シグマ局長が来てえ」
シグマ、の名前にアルファは思わず目を見開く。小さい頃から見ていた、本来なら親しみのある科学者の一人の筈なのだが、どうもあの独特の冷たさが苦手で、当時は内心「怖い」と思っていた。
「すっごい美形だよねあの人。直に見るとほんとそれ」
「画像であんだけ映えるんだからなー」
「でもなんか怖いよね。アルファのおじいちゃんに用事があるから、ってなんか強引に連れていかれて。それで話も終わっちゃった」
「急ぎの用でもあったんかな」
「てゆーか……。あたしと話してんのが気に食わない。って感じだった!」
「ええ……」
アルファも理人も口をそろえて眉根を寄せる。
「いい年したおじさんがじいちゃんに取り合って欲しくてニコラに嫉妬するとかある???」
「カンよ、カン。まーあたしも長年色んな人の目に晒されてるから過敏になってるのもあるかもだけどお」
「その辺今度聞いてみよっか。会えたらだけど」
アルファも思わず腕組みしながら首を傾げた。
「そういえば今度は理人も一緒にエリア1行くんだって?」
「いくら男子でも一人にさせらんないからねえ」
「俺だけハブられたら泣くわ」
理人はジト目になりつつ英生のいる階上を見上げる。本来はアルファと英生のみの渡航の筈だったが、さすがに理人を一人にはしておけない、と一緒に行く事になったのだ。
「やだな~、その間あたし一人じゃん」
「まあまあ、寂しくなったら通話したらいいよ」
と言いつつアルファはニコラの背を軽く叩く。
「そういうんじゃなくて!……マキナントが出たらめんどいし」
どう見ても照れ隠しにしか思えず、アルファは思わずニマニマ笑ってしまった。とはいえ実際マキナントが出現したら面倒なのも確かだろう。
「出ない事祈るっきゃないねえ」
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