§010 初めてのデート
リズがボンゴレ・ビアンコを作った翌日、エラルドから「街に行ってみないか?」と誘われた。
あまりにも突然のことだったので、「え、どうしてですか?」と思わず聞き返してしまった。
よくよく事情を聞くと、どうやら軍関係の仕事で街に調達に行くとのことで、もし錬金術に必要な素材があるならとリズに声をかけたということだ。
正直、素材だけなら十分足りていたが、一度目の結婚をしてから今に至るまで、リズは『街』というものを訪れたことがなかった。
そのため、その華やかで甘美な響きにどうにも心が躍ってしまい、気付いたら首を縦に振っていた。
街に出る当日。
曲がりなりにも辺境伯夫人であるリズ。
準備にもそれ相応の時間がかかる。
支度を手伝ってくれるのは、最近とても仲良くなった使用人のエイサ。
鏡台の前で、いつもより時間をかけて、絹のような黒髪をゆっくりと梳いてくれる。
鏡に映る自分を見ると、心無しかここに嫁いできた時よりも髪艶が良くなったような気がした。
髪の結い上げまで終わったら次は着替えだ。
こんなことを言ってしまうと女としてどうかと思われそうだが、普段は動きやすさ重視で、ドレスもかなりラフなものを好んで着ている。
けれど、今日はせっかくのお出掛けなのだから、もう少しだけおめかししたいという気持ちはあった。
でもでも、あまり派手なものだと普段の自分とのイメージに差がありすぎるから、シンプルに、それでいて可愛らしい感じにしないとなぁ……というせめぎ合い。
そんなリズの要望に応えてくれたのが、薄い臙脂色のシンプルワンピース型のドレスだ。
これなら大人の上品さも維持しつつ、秋という季節にもピッタリだ。
最後に化粧。
普段は薄らファンデーションを塗る程度なのだが、今日はエイサの勧めもあり、ファンデーションはもちろんのこと、頬紅、口紅、マスカラにまで挑戦してみる。
頬紅は程よい艶感の出る自然色のもの、口紅は落ち着いた朱色のものを選んだ。
「リズ、準備はできたか?」
いよいよ完成という頃合いにエラルドから声がかかった。
「今行きま~す」と一声かけて、玄関で待つエラルドの下へと向かう。
するとそこには見慣れない紳士服に身を包んだエラルドが立っていた。
モスグリーンのジャケットに朱色のネクタイ。
合わせのベストは濃紺で、その完成度といったら目のやり場に困るほどだ。
(か、かっこいい)
そんな言葉が口をついて出てしまいそうになるのを、リズは必死に押さえる。
一方のエラルドも何やらリズを見てポカンとしている様子だった。
そんな普段は見せない表情を見せているエラルドにリズは小首を傾げた。
「エラルド様、どうなさいました?」
「い、いや何でもない」
どういうわけか気まずそうに視線を逸らすエラルド。
そんなエラルドに予想外の横槍が入った。
「将軍はお嬢があまりにも綺麗だったから見蕩れてしまってたんですよ」
この少し軽薄そうな物言い。
リズが声のした方に視線を移すと、そこには玄関扉に寄りかかったジェフリーが立っていた。
ああ、久しぶりのジェフリーさんだという気持ちも薄ら芽生えたが、正直、今のリズはそれどころではなかった。
だって、エラルド様が……見蕩れてしまって……って……。
思わずエラルドへと視線を戻す。
すると、エラルドの顔が真っ赤になっていたのだ。
「ジェフリー、お前何を……」
「将軍は知らないかもしれないですが、そういうのは言葉にしないと伝わらないものなんですよ? 特にお嬢のようなタイプには」
その言葉にエラルドの視線が一瞬こちらを向く。
別に何を言われたわけでもないのに、心臓がどくんどくんと跳ね、リズは思わず俯いてしまっていた。
しかし、そんなリズの頭上から、エラルドの甘美な言葉がきた。
「……綺麗だ。とてもよく似合っている」
「へ」
そんな今の今まで一度も言われたことのない言葉に、リズは素っ頓狂な声を上げてしまった。
同時に体温は見る見る上昇し、おそらく顔は真っ赤になっているだろう。
リズは恥ずかしさのあまり更に顔を伏せるが、エラルドの方に向き直って言う。
「……ありがとうございます。エラルド様も、そのお召し物、とても素敵です」
この言葉を振り絞るのが、この時のリズには限界だった。
「ほらほら、お熱いのはいい加減にして、二人ともさっさと馬車に乗ってくださいね」
その言葉に思わず顔を見合わせる二人。
エラルドはやはり顔を真っ赤にさせていた。
その後、ジェフリーに促されるまま、二人は馬車へと乗り込んだ。
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