第9話 しわしわになるまで

 昨日約束した通り佳代子ちゃんに温泉を案内してもらうことになった。

今日の天気は晴れ。今日の温泉は民宿のお隣にある木造の建物の温泉だ。


「佳代子ちゃん、この木箱みたいなの何?」


 温泉の前に蓋のされた木箱のようなものが置いてあった。

そう言えば温泉街の至る所でこの木箱を見たことあるような…?

木箱の蓋は持ち上げられるように取っ手がついている。


「あ〜!そういえばこれのこと言ってなかったね、柚ちゃんちょっと待ってて!」


そう言って佳代子ちゃんはどこかに向かって走り去ってしまった。

謎の木箱の前でポツンと取り残される私。五分ほどで佳代子ちゃんがダッシュで戻ってきた。

 さすがスキー部、走って戻ってきたのに息がそこまで乱れていない。

そんな佳代子ちゃんが片手に持っていたのは、ネットに入った卵?


「ふぅ…お待たせ〜これ開けるとね…」


 佳代子ちゃんは先ほどの木箱の蓋を持ち上げる、すると中から温泉の独特の香りのする湯気がボワっと湧き出てきた。木箱の中にはお湯が溜まっていて浴槽のようになっている。


「そうか!ここで温泉に入っている間に温泉卵が作れるんだ」


「大正解!卵は大体十五分くらい浸ければいい感じかな」


 お湯の中に卵をいれてからようやく私たちは建物の中に入る。

温泉には地元の人と見られるおばあちゃんが二人すでに駄弁りながら温泉に浸かってた。

そう言えばここにきて初めて佳代子ちゃん以外の人と一緒に温泉に入るかも。


 服を脱ぎながら佳代子ちゃんが言う。


「他の人と入るの初めてだね〜まぁ、普通は人がいることの方が多いんだけどね」


「なんだか緊張する…」


「別に全然気にしなくてもいいよ!もし話しかけられたら気楽に話せばおっけー!」


私は少し緊張しながらも温泉の浴槽から黄色の桶でお湯を掬って掛け湯をする。


「珍しいね〜!若い子が温泉に来るなんて」


早速元気なおばあちゃんに話しかけられてビクッと身体が反応する。


「あ…えと…」


「この子東京から来た友達で温泉好きだから町の温泉案内してあげてるの」


オドオドしている自分を見て佳代子ちゃんが助け舟を出してくれた。


「東京から…!若い子が来ると賑やかになるからありがたいね〜うちの息子も東京で暮らしてるけどもう随分会ってないし、この町も子供が少なくなって三つあった小学校も統合して、一つになってしまったけど、それもあと何年持つかね…」


「そうなんですね……」


 そうか、この町も着実に子供が減っていってるんだ。このまま減り続けたらいつかこの温泉たちも廃れて行っちゃうんだろうか、そうなったら私は悲しいな。


「この町の温泉はね、昔から『湯仲間』って言う町の人たちが掃除をしたり管理している温泉なんだよ、町の宝だから大切に使っていって欲しいねぇ…」


 濁りのある温泉に浸かる。心と身体の緊張はほぐれ、お湯の温かさが毛布に包まれるように伝わる。


「!?」


 水面をよく見ると何かぶよぶよしたものが浮かんでいる。まさか…す、スライム!?


「佳代子ちゃん…これなに?」


「うーんとこれは湯の花かな…」


「湯の花…?」


スライムのような湯の花と言われる謎の物体を手で掬い上げた。

ぬるぬるしてて手のひらでつるつると滑る。


「湯の花は簡単に言うと温泉の成分の塊だよ、有名な温泉地だと湯の花を売ってるところもあるねぇ…」


もう一人黙ってたおばあちゃんが説明してくれた。なるほど、スライムとかゴミとかじゃないんだ。


「さぁ私たちも行こうかね…ほれ、シズさん立ち上がれるかい?」


「あなたたちもありがとね、久しぶりに若い子と喋れて楽しかったよ」


そう言っておばあちゃんたちは湯船から出ていった。


「私たちもあれくらいシワシワになるまで一緒にいれたらいいね〜」


「!」


 佳代子ちゃんは意外と恥ずかしいことを平気で言えちゃうタイプらしい。

私は温泉に入っているのにさらにぐんと体温が上がるのがわかった。


「ああぁ!!」


 急に佳代子ちゃんが何か思い出したかのように叫んだ。あれ…なんか忘れてr…


「「温泉卵!!!」」


急いで体を拭き服を着て外の卵を入れた木の専用槽に向かい急いで卵を取り出す。

卵はすでにちょっと硬いゆで卵になってしまっていた…


「まぁこれも美味しいけどね〜」


 ほくほくしながら出来立てのゆで卵を頬張る。ゆで卵を食べ歩きするなんて体験は初めてだ。

 二人で温泉街を歩いているといきなりスマホの通知が飛んできた。


「なんだろう…」


メッセージを見る。母からのメッセージだ。


〈菜花温泉は楽しい?〉


《うん、友達もできたんだ》


〈よかったね〉


《急に連絡来たけど、どうしたの?》


〈明日には新幹線で東京に帰ってきて、予約はしてあるから。東京の家のお爺ちゃんが重篤な状態なの〉


 正直言ってショックだ。おじいちゃんのことは大好きだし、佳代子ちゃんも大好きだ。

でもおじいちゃんにはここで会わなかったら二度と会えなくなるかもしれない。


《わかった、明日帰る》


「佳代子ちゃん!私、早く帰ることになっちゃった。ごめんなさい…」


「え…どうして…?」


「東京にいるおじいちゃんの容態が危ないの…明日には新幹線で帰らないと」


「わかった。それは急がないとね…私とは多分またいつか会えるし、今会わないといけない人がいるならそれを優先すべきだね」


「明日、お父さんに新幹線の駅まで送ってくれるか頼んでみるね、最後だから私もなるべく長く柚ちゃんといたいし」


「佳代子ちゃん、ごめんね…」


「誰も悪くないよ!謝ることじゃないし!それより、一緒に温泉街回ってくれてありがと!柚ちゃんといるとなんかもっとこの町のことを好きになれる気がする!」


「柚ちゃん、ありがとう」


 真っ直ぐな瞳が私を貫くように見つめる。私も目線を真っ直ぐ送り返す。


「…佳代子ちゃんも、ありがとう」

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