第6話 汗をかいた後はやっぱり!
佳代子ちゃんとの午後のスキー教室は順調に進み、結構急なコースもゆっくりと滑れるようになった。現在時刻は三時半、朝とは山の影の位置がすっかり変わっている。
「よーし、今日はこれで降りて、温泉行こうか!」
「うん!」
「じゃあ!お先!!」
「えぇ!?」
私が気づいた頃には佳代子ちゃんは豆粒くらいの大きさになっていて改めてインターハイ出場者の凄さを実感したのでした。
十分ほど遅れてようやく私が降りてくる頃には佳代子ちゃんはスキーウェアを脱いで待っていて、思ったより随分長く待たせちゃったのかもしれない。
「柚ちゃん一日お疲れ様ー!足ガチガチでしょ?ブーツとか脱げる?」
「う、無理かも」
「任せて〜」
佳代子ちゃんは遅れてきた私に文句ひとつ言わず手際よくブーツをスキー板から外す。足がブーツとスキー板の重さから開放されて気持ちが少し和らぐ。
「初めてのスキーはどうだった?」
「最初は不安だったけど、とても楽しかったです!」
「うん!その言葉が聞けて私も嬉しい!」
借りたブーツやスキー板などを返却し、駐車場へ向かうと佳代子ちゃんのお父さんがタバコの火を燻らせて待っていた。車に乗せてもらいそのまま菜花温泉町の温泉街に戻る。
「柚ちゃん今日のスキーはどうだった〜?」
「ねぇねぇ聞いてよお父さん!柚ちゃんめっっっちゃスキー上手なの!私びっくりした!」
「おぉ!柚ちゃんもこっちに生まれてればスキーでいい成績残したかもな!」
「でも、佳代子ちゃんはスキーも上手だしとても優しいです!私がいくら降りてくるのが遅くても怒らなかった」
私は思わず俯いてしまう。今までの東京のクラスメイトや友達と言える人は少なからず文句を言い合える仲がいい関係だと思えているから、それが悪いわけじゃないけど私はその空気が少し苦手だ。
「そりゃそうだよ、だって私たち友達でしょ!その前に柚ちゃん初心者だしそんな酷いこと言う人いないよ!」
「あ、私そういえばタオル持ってきてないです…!」
「じゃじゃーん、そうなる事を見越してタオル2枚持ってこさせたよ〜」
さすが佳代子ちゃん用意周到だ。
すると車が三階建てくらいの白いビルのような建物の前で急に止まる。
「佳代子ちゃん、ここ何もないよ?白いビルみたいなのはあるけど」
「よーし、柚ちゃん実はここに温泉があるんだよ!」
「えぇぇ!?」
少々疑いながらも車を降りる。初日に入った温泉とは全然違う外観。ちょっとレトロな感じの小さいビルのようで、町行く観光客もここにまさか温泉があるなんて思いもしないだろう。私はビルの階段を登る。
「柚ちゃん、一階が女湯だよ〜」
———気を取り直して私たちは一階の女湯の引き戸を開けた。
もわっとした温かい空気が充満している。初日の温泉と同じく脱衣所は温泉の目の前。今日も私たちだけ貸切温泉だ。温泉の前の方には橙色のタイルが敷き詰められていていかにもレトロな感じ。
佳代子ちゃんは私の横で汗ばんだ服を脱ぐ。野球部の男子が着るみたいなピチピチしたアンダーシャツを着ているけど胸が大きすぎて服を着ているのになんかちょっと卑猥な格好に見える。私はブンブンと頭を振って煩悩を消し去る。
「今日も貸切だ、柚ちゃんラッキーガールだね」
「へ、うん!ありがと…」
「柚ちゃんまさか……変なこと考えてないよね?!」
「いやいやいや!ないですないですぅ!!!」
「えー…ちょっと全力で否定されるのはなんか悲しい…」
「え…?それってどういう?!」
「気にしないでぇ!早く入らないと風邪ひいちゃうよ〜?」
佳代子ちゃんが赤面してる。会ってから初めて見る顔でやっぱり可愛い。
私は満を持して温泉に足をつけることにする。温泉の白く濁ったお湯は見た感じとても熱そうだ。ゆっくり片足をつけてみる。
「柚ちゃん、大丈夫そう?」
先に入っていた佳代子ちゃんはすでに肩までお湯に浸かっている。白濁としたお湯が身体の輪郭をぼかしていて、またもや男子中学生みたいな思考になってしまう。
「……そこまで熱くない感じかも」
思ったよりそこまで熱くない温泉だ。私はかけ湯をして温泉に肩まで浸かってみる。すると今日スキーでどっと溜まった足の疲れがほぐれてじわぁっと消化される。まるで疲れがお湯の中にじゅわーっと溶けていくようなイメージで血の巡りがよくなってほかほかと温まる。
「あぁ…気持ちいい…」
「やっぱり疲れた後の温泉は沁みるよね〜」
「柚ちゃん!明日はどこ行く!?」
「そういえば、この町の美味しいものとか食べてみたいなぁって思ったんだけど佳代子ちゃんはなんか思いつく?」
「そうだね〜じゃあ、明日案内してあげる!おすすめのお店があるんだ〜」
私たちはしっかり温まって、温泉から上がり体をふく。
あ、そういえばバスタオル佳代子ちゃんの家のだ。佳代子ちゃんの匂いがする。なんか佳代子ちゃんに抱きしめられたらこんな匂いがするのかなとか、あぁまた煩悩が…
「———柚ちゃん!また明日ね!」
「は、また明日ね!」
佳代子ちゃんにおばあちゃんの家まで送ってもらっちゃった。
頭がぼやっとして、見送るのがちょっと寂しい。この気持ちってなんだろう。
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