第2話 心がポカポカするのはあなたが隣にいるから

「じゃ、ここらでいいか?」

雪代さんのお父さんは結構大きなバスターミナルの駐車場に車を停めた

「だいじょーぶ!柚ちゃんはあたしがキチンとエスコートするであります!」

雪代さんはビシッと敬礼をした。


 雪代家の車が遠くなっていく

「じゃあ、行こっか!」そう言う雪代さんに手を引かれる。

(雪代さんの手あったかいな…)

「あたしの手、あったかいでしょ!」

また雪代さんに心を読まれてしまった。その一言で私の手も少しだけ熱を帯びた気がした。


「わぁ…ここが温泉街の中心…」

お土産屋さんの飴色のランプの光がきらきら光っていて、雪が固まった足跡をほんのり色付け、雪がちらちらと降る中大勢の大きなリュックを背負った観光客がかなり狭い温泉街の道の端をゾロゾロと歩いていて、私と雪代さんもその観光客の流れに沿って温泉街を歩く。


「菜花温泉は冬が一番観光の人が多いんだよ〜まぁこの村の観光資源はスキー場が大きいからね、そりゃそうか」

「雪代さんはスキーとかできるの?」

「ん?去年あたしインターハイ出たよ」

さらっと出てきたインターハイ出場経験に言葉が出ない。

「柚ちゃんはスキーしたことあるのー?」

「えーっと私は修学旅行で二回くらい…?」

「えええ!修学旅行でスキー場!?うそぉ…」

雪代さんは口に手を当てて本気で驚いているらしい。

(…まさかこの町スキーできないと人権ない!?)

「じゃあ今度あたしがスキー、一から教えてあげる!菜花温泉のスキー場は格別なんだから!」

私はさっき会ったばかりの女の子にスキーも教えてもらうことになったのでした。


「まぁ菜花温泉ビギナーの柚子ちゃんにはここいいかな!」

少し歩いた先には木造のお堂のような建物が私の目の前にそびえ立つ。

「え?ここが温泉?なんか賽銭箱とかあるけど?」

「そう!ここが温泉!しかも基本無料で入れるし、比較的ぬるいお湯だから初心者の柚子ちゃんでも安心!」

謎のドヤ顔で雪代さんが説明してくれた。

「さささー入りましょ!」雪代さんに背中をズイズイ押されながら私たちは女湯のすりガラスの扉を開けた。


 扉を開けた瞬間むわっとした湿気が漂ってきた。趣きのある檜の壁と、脱衣所のロッカーの目の前に仕切りも壁もなく温泉の湯船が二つ見える。

シャワーなどはなくて本当に湯船のみの狭い空間だ。

「え!?狭い…!ってかこのスペースで脱ぐんですか!?」

「あはは、最初の反応はみんな大体そんな感じだし、私も初めてきた時思ったもん」と言いながら雪代さんは制服の上に着ていたダウンジャケットを脱ぎ、制服のネクタイを解いた。

(なんか同世代の子と温泉なんて中学の修学旅行以来だなぁ…)


「あれ?まだ脱がないの?」

いつの間にか雪代さんはタオルで前を隠しながらだけど裸になっていた。

冬のスポーツをしているのに色黒のきめ細かい肌が眩しいくらいだった。

「あわわわ…ちょっと、こっ…心の整理がぁ」

私は慌てて洋服のボタンを外そうとあわあわした。

「ゆっくりでいいよ!あたし、先入ってるね〜」

(雪代さんは少し不思議だけど優しい人だな…)

二分くらいしてようやく心の準備もして温泉に左足をつけてみる。

「あちちっ!」

左足のつま先が温泉に触れた瞬間、感じたことない熱さが身体を伝った。

「あ!!!ごめん柚子ちゃん!こっちの湯船に入ったほうがいいかも!」

「こっち…?」

「ここの温泉はぬるいお湯の湯船と熱いお湯の湯船で分かれてるから、こっちの

ぬるい温泉の方に使ったほうが気持ちいかも」

私は雪代さんが入っている温泉におそるおそる足をつける。

「!」

私の身体はお湯を求めるようにそのまま肩まで浸かってしまった。

「はぁぁ…」と思わず声が出てしまう。

「ね?気持ちいいでしょ?」

「本当にこんなに温泉で感動したの初めてです」

そこから温泉に浸かりながら私たちは雑談した。都会のことだったり、お互いの学校のことだったり、色々話して気づいたら若干のぼせてきていたので急いで上がった。私はお泊まり用に持ってきた服に着替えて温泉の外に出る。無料で入れると言われたけど、申し訳ないので最初に見つけたお賽銭箱に五百円も入れといた。

ふーっと吐いた白い息が少し晴れ間が見えてきた空に吸い込まれていく。

「はぁーさむさむ…初めての温泉どうだった?」

雪代さんが少し遅れて出てきて私に聞いてきた。

「ほんっとうに良かったです!心までぽかぽかです!」

「本当!?良かった〜!」

雪代さんはぴょんぴょんと跳ねて全身で喜んでいる。なんだかこっちまで嬉しくなった。でもここまで一人で来ていたらこんなにいい気持ちにならなかったと思う。心までぽかぽかしているのは隣に雪代さんがいるからなんだって、この時の私はまだこの気持ちには気づいていない。

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