第6話オンボロ

 命は手首の証を見ながら裏山を昇る。

「これ消えなかったらどうしよ」

 学校が始まってもこの模様があれば間違いなく生活指導どころか両親を呼ばれる。その際に、「愛に刻まれた」なんて言っても信用どころか精神病院に入れられる。

 命は愛を助けると言ったことを少しだけ後悔していた。そんな事を考えていると目的の場所に到着する。なぜか裏山にある小さな社。命の祖母、東岡節子あずおかせつこが生きていた時、遊びに来るたびに連れられて掃除をさせられていた。

「相変わらずボロボロだな」

 文句を言いながらホコリや蜘蛛の巣を丁寧に取っていき落葉を箒で払う。最初よりかは綺麗になり持ってきたお菓子をお供えする。

「婆ちゃんが言うには神様が住んでるっていうけどさ……」

 掃除した後の光景をマジマジと見る。所々変色していて下の方は苔が生えている。穴が開いており確かに神様を祭っている雰囲気はある。しかしあまりにもボロイ。

「俺が神様ならこんなオンボロ物件よりも、もっと綺麗なとこ行くけどな」

「オンボロ物件で悪かったな」

「へ?」

 口から出た本音に誰かが反論する。後ろを振り向くとそこには桜色の髪の女性が立っていた。ほぼ愛と同じ背丈、しかし顔が少し怒っている様な険しい表情をしている。服装は袴に羽織を着ていて和を感じる。

「どちら様?」

 裏山は一応東岡家の私有地だ。それにここらでは顔を見ない人だった。

「オマエ姿が見えるのか?」

「いや、見えてるけど。えーと、とにかくどちら様?」

「このオンボロ物件の家主だ」

 女性は社の小さな扉を開けて中にある木の様なモノを取り出す。それには千福ちふくと刻まれていた。

「えーと、千福?」

「そうだ。われは千福。このオンボロに長年住んでいる神だ」

「悪かった。まさか本当に住んでるなんて思ってなかったんだよ」

 オンボロという言葉によっぽど腹を立てたのかその四文字だけ強調して声が大きい。命は頭を下げて謝る。すると「わかったのならいい」と一応許しを貰えた。

「神様かぁ……いるんだなマジで」

「オマエは我が神と言う事を疑わないのか?」

「まあ、地獄もあるなら天国もあるだろ」

 心の中で呟く。すでに奈落という擬似的な地獄を体験している為、天国ぐらいあると言われれば信じる。

「?」

「あー何と言うか俺って心霊とか信じちゃうからさ」

 しかし千福は不思議そうな顔をしてこっちの返答を待っているので適当な言葉を並べる。オカルトに興味があるかのように振る舞う。

「変わった奴だな」

「というかさっき見える見えないとか言ってたけど神様って普通は見えないの?」

「ああ、同族。神同士しか見えない様になっている」

「じゃあ俺は神様?」

「いや、人間だ。だが……お前穢レの臭いが強いな」

 ここで知っていると言っても面倒だと思い命は無知のフリをする。

「何だそれ?」

「最近変な奴にあってはないか?」

「いいや、会ってない」

 愛と約束した以上彼女の不利になることをしてはいけないと思い再び嘘をつく。

「そうか……。だが変な奴にあったらすぐ我に報告しろ。いいな」

「あ、ああ。わかった。じゃあ俺帰るから。その菓子食っててもいいよ」

「ありがたく頂いておく」

 これ以上いてもボロが出るかもしれないと思い命はそそくさと帰る準備をした。掃除に使った道具を持ち軽く挨拶をして山を下りた。

「神様も見えるようになったのかよ。俺」

 掃除道具を元の場所に戻し家の中に入る。

「ただいま」

「お帰り命」

 リビングに入るとクーラーの涼しい風が命の体を包む。テレビでも見てくつろいているだろう思っていたが愛はただジッと座って目を閉じていた。

「テレビ見てなかったのか?」

「ええ、あまり好きじゃないから」

 話しかけるとパチッと瞼が開く。

「ああ、そう」

 命は座ってリモコンでテレビを付ける。少し休憩した後さっき起きた出来事を愛に伝えた。

「裏山に社があるって言ってただろ?」

「掃除しに行って無かったの?」

「神様がいたんだよ」

「あら珍しい。今どき地域の社なんかに住んでる神がいるのね」

 表情は変わらない。相変わらずニコニコとほほ笑んでいる。

「どうすればいい?」

「どうって?」

「いや、神様ってお前の敵じゃないの?」

「敵だけど多分私を倒すほどの力は無いと思うわよ」

「そうなのか?」

「ええ、信仰の量で力が決まるからほぼ無力ね。刺激無ければ何もしないわよ」

「蜂かよ」

 命は思ったことをボソッと言った。

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