第3話 眩暈

 大阪の家電量販店でガス漏れか。軽症者多数。

 その一文がネットニュースに流れ、各報道番組は一斉に取り上げ始めた。

「さてと、腕の傷は消せたけど足がちょっと残ってるな。それ含めいじるかぁ」

 神羽は簡易的なベッドに仰向けで寝ている命に近づき、パイプ椅子を隣に置いて座る。そして額に人差し指を置き目を瞑った。

「記憶見るの嫌いなんだよなぁ」

 しかし次の瞬間神羽は顔の色を変えた。すぐさま目を開け指を離し距離を取る。そのままガーゼが入っている袋から中身を取り出しその袋に黒い液体を吐き出した。体が吐けと緊急信号を出している。全て吐き終えても不快感と悪心は治らない。また吐きそうになり今度はしっかりとした袋を取り出す。

「おえっ……うっ」

 更に追加でもう一度黒い液体を吐き出した。一回目のビニールも居れてパンパンになった袋の口を縛り地面にそっと置く。その後ペットボトルの水を座りながら飲み、ハンカチで嘔吐する際に流れた汗を拭う。

 心と体が落ち着いてきた所で先程起きた現象を理解する為に考える。神羽は相手の記憶に潜り込み一部分を消す事ができる。今回は命が穢獣に襲われた所から注射で気絶させられるまでの消す予定だった。

「あの子の記憶を見た瞬間、穢レを流し込まれた。どういう事? 今までそんな事無かったのに」

 化け物を見るような目で眠る命を横目で見る。しかし記憶を消さないと後で色々と問題になる。始末書と上司から怒られるのは嫌だ。しかし先程の不快感を再び味わうと考えると手が止まる。

 そうこう考えているとムクッと命が上体を起こし目を擦りながら起床した。

「あっつ。あれ? 何で俺寝てんだ?」

 目を覚ますと見覚えのない場所にいたため命は自然と近くにいた神羽に質問する。

「あのお姉さん。ここどこですか? 連れ去り?」

「覚えてないかい?」

 神羽の質問に対して命は「何を?」と答えた。

 ありえない。神羽はそう思っていた。記憶を消去していないのに忘れる訳が無い。嘘を付いているのかそれとも先程まで精神を擦り減らす環境に置かれていた為突発的に忘れているだけなのか。どちらにしろ神羽にとって状況は良くなかった。

「私は医者で神羽というんだ」

「あ、お医者さん? 俺なんかあったの? 覚えてなくてさ。確かエレベーター乗ってゲームコーナーに着いたところまで覚えているんだけど」

「あ、ああ。軽い熱中症で倒れたんだよ。近くで事故があってついでに運んで治療してたって訳。調子はどうだい?」

 神羽は命が嘘を付かず覚えていない事に賭けた。覚えていないという確証は無い。しかし神羽は一刻も早くこの少年と離れたかった。

「まあ、ちょっと頭がボーッとするぐらいですね」

「だいぶ良くなったね。ほらお水」

 神羽が手渡した水を受け取り「ありがとうございます」とお礼をいう命。蓋を開け美味しそうに喉を鳴らしながら一気に一本を飲み干した。

「ありがとうございます。生き返りましたよ。お水代払うんでいくらですか?」

「大丈夫。私からのプレゼントだ。じゃあまた体調が悪くなったら救急車呼んでね」

「了解です。多分大丈夫だと思います」

 そう言うと命は荷物を持ってテントを出て行った。神羽は一人になった瞬間にスマホを取り出し舞桜まおという人物に電話を掛けた。ワンコール鳴った後すぐに繋がる。

「もしもーし」

「ん? 時雨しぐれ? どうした?」

 女性の声が聞こえその奥からテレビの音が聞こえる。神羽は腕時計を確認し昼を少し回ったあたりだったのでいつもの刑事ドラマの再放送を見ているのかと予想した。

「ちょっと変な少年に出会ってね」

「恋愛の話?」

「違う。大阪で発生した#奈落__・__#の被災者の一人に変わった子がいたんだ。名前は東岡命。歳は十八」

「普通の子じゃないか」

 舞桜は神羽が奈落と話した瞬間にテレビを消し真面目に話を聞きだした。

「記憶を消去しようと思って中に入った瞬間に反抗するかのように体内に穢レを入れられた」

「へぇ。その子穢レ人けがれびとじゃないの?」

「違う」

 即答すると舞桜は数秒口を閉じてから、

「ちょっと気になってきた。あとで写真送ってね。人間でもあり穢レ人でもある。面白い」

 そう返答した。

「それだけ?」

「それだけ。じゃあ私まだ仕事あるから切るよ」

「あーあと、いちごがまた時雨に会いたいってさ」

「わかった。明日らへんに顔出すって言っといて」

「わかった」

 そして神羽時雨は通話を終了し、テントから出て奈落から救助された被災者達の治療に向かうのだった。

 一方帰宅中の命はテントを出るまでは良い顔をしていたがやはり段々と眩暈が酷くなっていった。途中でしゃがみこんでしまい周りの人間は不思議そうな顔で隣を通り抜けて行った。

「くっそ……頭が回んねぇ」

 少し慣れてきた眩暈が引いたタイミングでゆっくりと歩き始める。電車だと危険だと考えてタクシーで帰ろうと思い乗り場まで歩く時、赤信号に引っかかり立ち止まる。その際反対側を歩く人達の足元に黒い靄が見えた。目を擦ってもそれは確かに見える。

「靄? まあこんな状態なら幻覚も見えるわな」

 特に気にせず、タクシーに乗り家の場所を伝え命は家に到着した。しかし大阪から離れた途端体調が良くなり家に帰ってから冷えた部屋で麦茶をたくさん飲んで軽く昼寝をした。

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