第2話 危機
「冗談じゃねーぞ!」
命は重い足を必死に上げながら階段を駆け上がっていた。息が上がり苦しくなる。しかし足を止めれば間違いなく死ぬ。初めて死と生の狭間に足を踏み入れた命の体はいつもよりもパフォーマンスが上昇していた。屋上前の踊り場で更に加速し一段飛ばしで上がっていく。
「着いた!」
屋上に飛び出た瞬間命の目に映ったのは青空。ではなく黒に染まった空だった。完全な暗闇では無く月明かりの様な光が空から少量降りている。予想より遥か上の状況に呆気に取られ足を止めた瞬間、左前腕に激痛が走る。
「痛っ!」
噛みついた靄を右手で殴り飛ばす。走り出そうとした時、背中を切られた痛みが走り前に倒れてしまう。倒れる際手から滑り落ちたライトが前を照らす。すると両手では足りない程の靄が存在していた。
屋上に行けばどうにかなると思っていた自分の考えが外れ、
「ざけんな……」
しかしここで諦めれば死ぬ。死にたくない。そう思う命はただ痛みと恐怖、不安。その全てを怒りに変え死に抵抗する。
背中が痛むが歯を食いしばり寝返って後ろに佇む靄を殴ってから立ち上がり蹴り飛ばした。ライトを拾って必死に逃げた。しかし走って数秒後に頭がボーッと眩む。目を瞑りながら必死に走るも段々眩む強さが上がっていく。グワングワンと揺れる頭のせいで平衡感覚が崩れていき、足が縺れ派手に転ぶ。必死に這いずりながら逃げるも体の自由が無くなっていく。
「殺してやる……。殺してやる!」
怒りは殺意に変わり心が黒く染まった。這いずる事を止め仰向けになり靄たちを睨む。涙ぐむ瞳で必死に睨みつけた。
「大丈夫。助けに来たよ」
そう男性の声が聞こえた。その瞬間黒い空が段々と青空へと変わっていく。完全とは言わないまでも懐中電灯が必要無いほど明るさだ。
声の主の男性は分厚いロングコートを着て手には長方形の紙の様なモノを持っていた。あとに続くように男女問わず進んでいく。手にはナイフや紙。またペンの様な物を握りながら歩いていた。異様な光景だがその人物達は靄を次々と塵にしていった。
「何なんだよコレ」
「大丈夫だよ。助けに来たんだ。よく頑張ったね」
細い丸フレームの眼鏡に黒のボブショートカットの女性が命の隣にしゃがむ。周りを見ると大量の人間がその場に立っており、次々と階段を下りていく。
これで助かったと思った時、塵になった店員を思い出す。
「あの、下で靄に噛まれた人が砂みたいになったんですけど生きてますよね?」
「さあ? 私は治す専門だからわかんないや」
恐る恐る質問したが女性は適当に返した。そして服を捲り始める。
「結構傷ついてるね。体に違和感とかない?」
腕や足の咬創をマジマジと見た後、背負っていたショルダーバッグを地面に置きそこから色々と取り出す。消毒液にガーゼを取り出してそれで血を拭う。清潔になった傷を見て「これでよし」と独り言を話す。
「さっきまで眩暈が酷かったけど今は特に。ただ足を最初に噛まれてから黒い靄みたいなのが見えて」
「ふーん。そっか見えるんだ」
「あれって何なん――」
命の言葉を遮って女性は命をひっくり返し背中の処置を始める。
「結構デカいのに引っ掻かれたねー。痛かったでしょ?」
「いや、痛かったですけど。靄は一体何なんですか?」
いきなり引っくり返されるという雑な行為に驚きながらも質問を止めない。しかし女性は靄について一切触れずに会話を続けてくる。
「さて、処置は一旦終わりかな。背中は綺麗に戻したし腕と足は……体力的に片方が限界かな」
「あの何言ってるんですか?」
「ん? 知らなくて良い事。じゃあね」
そう言うと女性は命の首に注射器を差し込み薬品を注入した。すると一瞬で気絶したかの様に動かなくなった。しっかいりと動かないことを確認し、女性は人を呼んだ。
「どうしました?
「あー、この子外に運んどいて」
「了解です」
命は白いロングコートを着た二人に担架に乗せられどこかへ運ばれていった。すると階段の方から、
「奈落の主は先程消滅しました! けが人が多数いますので医療班は準備お願いします!」
と、大きな声で全体に報告される。大量の医療担当の白ロングコート達は皆まとまり列を作る。
「神羽さん、先程の少年の移動完了しました。私もけが人の治療に行ってきますね」
「うん、ありがとー。私は外でやる事あるから気ー付けてね」
神羽は命を運んだ人物に手を振って歩き出す。そして掌を上に向け、人差し指を上に挙げた。
「あがれ」
すると先ほどの屋上では無く一回出入り口に立っていた。周りには警察や救急車など緊急車両が乱雑に置かれ報道ヘリなども飛んでいる。
「あー暑いし、うるさいし。記憶いじらないといけないし。だっる」
神羽はそう言うと仮設テントへと歩みを進めた。
「
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